3.論理の介入
翌朝、テラスは、昨日の活気が嘘のように静まり返っていた。皆、SNSで起きた炎上を知り、動揺を隠せないでいた。それは、テラスの存続だけでなく、彼らが地域で築き上げてきた信用に関わる、氷のような静寂だった。
蓮は、作業台に置かれた小豆の袋を、怒りに満ちた目で見つめていた。
「冗談じゃない! 俺たちが必死に地元の小豆と向き合って、手間暇かけて最高の品質を追求しているのに、それが『安価な素材』の嘘だと思われるなんて……! すぐに反論すべきだ! 俺の餡子の味が、嘘だなんて言われたくない!」
彼は職人としてのプライドが、根底から否定されたことに激しく苛立っていた。
しかし、誰もが「どう反論すべきか」の言葉を見つけられずにいた。感情的な反論や、感情的な投稿は、事態を悪化させることは、全員が経験的に理解していたからだ。
部長の楓は、事態の収拾を図るため、すぐさま生徒会室へと向かった。天野と桐生に事態を報告する。楓の顔には、疲労と焦りが色濃く出ていた。
報告を聞いた桐生は、感情を一切見せず、冷徹な声で指示を出した。机上のパソコンには、既に真琴から送られてきた炎上投稿とコメントのサマリーが表示されており、彼の対応は既に完了しているかのようだった。
「論外だ。即刻、広報担当者を連れてこい、橘部長」
楓は、桐生の冷たさに反射的に身構えた。結がどれほど傷つき、自責の念に囚われているかを知っていたからだ。
「桐生くん、結は今、相当落ち込んでいるの。彼女を責めるのは酷だわ。少し時間を与えてあげて」
「責めるのではない。救うんだ。そして、このテラスの信用を守る」
桐生は、鋭い視線で楓を見返した。その目には、過去の悲劇を知る者特有の、冷たい決意が宿っていた。彼の心の中では、かつて写真部が廃部に追い込まれた日の、部室が容赦なく解体された光景がフラッシュバックしていた。彼は、感情論で大切な場所を守れない無力さを、二度と味わいたくなかった。
「感情的な弁解や、投稿の削除は、火に油を注ぐ行為だ。それは『不誠実さの証明』に他ならない。SNSは感情ではなく、論理と証拠で戦う場だ。今必要なのは、論理的、かつ誠実な情報修正を、生徒会という学校の中枢が監督し、発信することだ。個人の感情で対応させてはならない」
「今回の炎上の根本は、言葉の定義の誤解だ。地元愛という感情を、『最高級』という市場価値の論理で発信してしまった過ち。この過ちを、誠意をもって訂正する。それが、テラスの信用を守る唯一の方法だ。橘部長、時間を無駄にするな。一刻も早く、対応を開始する」
楓と美咲は、桐生の厳しさの裏にあるテラスへの深い配慮と、彼の行動が「守るための論理」であることを痛いほど感じ取り、結を連れ出すために彼女の自宅へ急いだ。
一方、真琴はテラスで、炎上コメントとユーザーの属性のログを詳細に分析し、桐生にデータを送っていた。真琴の分析は、「炎上発言の7割は、地元の人間ではない。外部からの『正義感』による攻撃だ。地元住民からの批判はほとんどない」という事実を示しており、テラス側の正当性を裏付ける、冷静な対応の根拠となった。彼女の冷静な分析こそが、桐生の論理的な対応を可能にする土台だった。




