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星陽高校バリスタ部  作者: やた
第8話 SNS炎上?広報担当の涙

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1.夏の陽炎

 7月下旬。終業式を迎え、星陽高校の校庭からは部活動の掛け声も引け、夏特有の粘りつくような蝉時雨だけが降り注いでいた。


 生徒たちのほとんどは長期休暇の始まりを謳歌しているが、バリスタ部「木漏れ日テラス」は違った。彼らの活動場所は、外界の静寂とは無縁の、新しい熱気と使命感に包まれていた。それは、夏休み最初の地域交流イベント「桜川・夏の味覚フェスタ」に向けた、準備の熱気だ。


 先日、窮地に陥りながらもテラスの存続を勝ち取ったことで、部員たちの団結力はもはや揺るぎないものとなっていた。彼らは今、テラスを単なる「憩いの場」ではなく、「地域と学校を結ぶ文化的な最前線」として位置づけ、その役割に強い誇りを感じていた。


 生徒会からも、天野紗希が公的な予算申請を、桐生が地元の企業や農家との裏の連携調整を行うという形で、万全のバックアップが入っていた。この一連の成功体験、特に地元紙への掲載は、部員たち、そして何よりも広報担当の結に、強い陶酔と、それゆえの過度なプレッシャーを与えていた。


「蓮、今日の餡子の仕込みは、少し砂糖を控えめにしてみて。地元の農家さんから届いたマンゴーが、予想以上に糖度が高いからね。全体の甘さのバランスを緻密に調整しよう」


 美咲が、蓮のたい焼きと餡子の仕込みに、的確なアドバイスを送る。蓮は、前回、地元の小豆で新しい餡子を開発した職人としてのプライドから、額に汗を滲ませながらも、いつも以上に真剣に火加減と練り具合を調整していた。彼の動きには、自分の作り出した品質に対する絶対的な自信が漲っていた。


「蒼太、コスタリカの豆は、この気温と湿度だと、抽出温度をさらに二度下げた方が、酸味がクリアに出るはずだよ。アイスコーヒーで飲む人が格段に増える時期だから、雑味を徹底的に排除して、喉越しの良さを追求しよう」


 真琴が、テラス内のエアコン設定と豆のレシピを細かく調整していた。彼女の視線は、もはやコスト管理だけでなく、品質の安定性—テラスの信用を支える、目に見えない基盤—に向けられていた。


 この完璧な準備の中で、結は、自分の役割が最も重要だと感じていた。前回の成功は、彼女の自己承認欲求を満たし、「自分の言葉がテラスの運命を決める」という、一種の全能感を生んでいた。今回のイベントは、その成功をSNSという巨大で予測不能な広場へと押し広げる、絶好のチャンスだと彼女は信じていた。


「よし、この告知で決まりです!」


 結は、タブレットを手に、楓に見せた。彼女が作成したのは、イベント限定メニュー「桜川トロピカルサンデー」の告知画像だ。地元の農家から仕入れた、宝石のように色鮮やかなマンゴーやベリーが豪快に盛り付けられたパフェの写真は、芸術的な美しさだった。


 キャッチコピーは、彼女の熱意を映し、力強く、そして自信に満ちていた。


ーーーーー


数量限定!最高級の地元の果実を贅沢に使用!

『桜川トロピカルサンデー』

夏休み最初の地域交流イベントで、あなたに贈る極上の味。


ーーーーー


 楓は、画像とキャッチコピーの圧倒的なインパクトを評価しつつも、SNSという冷酷なメディアの持つ言葉の鋭利さを知る部長として、僅かな表現の引っかかりを覚えた。


「結、集客力はすごいと思う。でも、『最高級』っていう表現、少しリスキーじゃないかな? 私たちは『市場価格が最も高価なブランド品』を使っているわけじゃなくて、地元の農家さんが丹精込めた、愛情あふれる品質を褒めたいんだよね? 外部の人が『最高級』と聞いて想像する市場価値とは、少しズレが生じるかもしれない」


「大丈夫です、楓先輩! SNSでは、このくらい強い言葉を使わないと、誰も立ち止まってくれません。このフレーズが絶対に『バズる』トリガーになります! 私たちの熱意と品質は本物なんだから、堂々と強気でいってもいいんです! たくさんの人にテラスに来て、この品質を知ってほしいんです!」


 結は、楓の慎重な助言を、集客への熱意と「バズらせたい」という衝動で押し流してしまった。彼女は、楓の言葉の裏にある「言葉の責任」を理解しようとせず、自分の信じる「成功の方程式」—すなわち、派手な言葉—を優先した。彼女は、自らの言葉がどれほどの重さと影響力を持つかを、この時点ではまだ把握できていなかった。


 結は、数回のチェックの後、心を躍らせながら、投稿ボタンをタップした。テラスの新しい挑戦を、SNSという冷たい現代の広場へと解き放ったのだ。その瞬間、彼女は、この一言が後にとんでもない炎上を巻き起こし、テラス全体の信用を危機に晒す、小さな、しかし致命的な火種となることなど、知る由もなかった。

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