4.桐生の孤独な論理
桐生は、生徒会室で真琴の活動報告書を見ながら、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。真琴の新しい報告書には、以前の「感情論」は消え、理事会が評価せざるを得ない「地域社会への貢献度」という論理的な数値が並び始めていたからだ。
「……優秀だな、泉真琴は。予想以上だ」
生徒会長の天野が、その様子を静かに見ていた。彼女は、桐生が真琴に賭けていたことを知っていた。
「彼女のやり方は、私たちの過去の失敗を、論理で乗り越えようとしている」
「失敗……」
桐生は静かに、しかし冷たく言い放った。
「僕たちは失敗したんじゃありません。論理で守ろうとしなかったから、大切なものを潰されたんです。二度と同じ過ちは繰り返さない」
桐生と天野の冷徹な行動の根源は、昨年のある悲劇にあった。
それは、桐生と天野が深く関わっていた写真部の廃部だった。写真部は、地味ながらも多くの生徒に愛され、校内の記録係としても重要な役割を果たしていた。しかし、理事会は「活動実績の低さ」と「予算の無駄」という冷徹な論理で、突然廃部を決定した。
当時の生徒会会計係の天野も、生徒会に入りたてで庶務だった桐生も、必死に存続を訴えた。
「写真部が生徒たちの心をどれだけ豊かにしているか、数字には表せないんです! 部の存在自体が、多様性という価値なんです!」
「僕たちは、部員たちの情熱と、学校の歴史を記録するという無形の貢献を証明できます!」
しかし、感情的な訴えや抽象的な価値観は理事会には一切通用しなかった。部室は、理事会の決定からわずか一週間で整備作業が始まり、生徒たちが大切にしていた暗室の機材は、容赦なく処分された。その時の、無力感と後悔が、桐生と天野の行動原理を決定づけた。彼らは、感情が論理に敗北する瞬間を目の当たりにしたのだ。
「あの時、感情論ではなく、泉さんのように論理的に、写真部の『学校への貢献度』を数値化できていれば、守れたかもしれません。だからこそ、テラスは守らなければならない」
桐生は、テラスの廃部を阻止するため、その事実を部員たちに隠しながら、真琴に「論理」という武器を渡そうとしていたのだ。彼は、自分が一時的に悪役になることで、テラスを守ろうとする孤独な決意を持っていた。
楓と陸は、顧問の香月から、この過去の経緯を間接的に聞き出した。
「桐生くんと天野会長は、君たちを信じてないんじゃない。論理のない情熱は、必ず潰されるという過去の教訓を、君たちに身をもって伝えたかっただけよ。彼らは、テラスを失うことを誰よりも恐れている」
楓は、天野の冷たい言葉の裏にあった、親友の苦悩と優しさに気づき、目頭を押さえる。真琴は、桐生が自分と同じく「大切な場所を守りたい」という、強い願いと、そのための手段として「論理」を選んだことに気づき、彼への反発が、強い共感へと変化した。




