1.活況の中の冷たい警告
7月上旬、期末試験が終わり、星陽高校の「木漏れ日テラス」はかつてない活気に満ちていた。人工芝のテラス席は、冷たいドリンクを求める生徒たちで埋まり、明るい喧騒と、部員たちの笑顔が弾けていた。
「よし、蓮、たい焼きの回転率を上げてくれ! 美咲先輩、スカッシュの仕込みが追いつきません!」
接客統括の沢村陸が、汗を拭いながらもてきぱきと指示を出す。テラスの活気は、まさに夏休み前の高揚感を体現していた。
カウンターの奥で、会計・在庫管理担当の泉真琴は、タブレットと電卓を駆使し、完璧な効率で在庫を管理していた。彼女の厳格な管理体制と、日々の細かなコスト分析のおかげで、昨今の原材料費高騰という逆風にもかかわらず、テラスの運営はわずかながら黒字を維持している。真琴は、月末の帳簿をざっと確認し、電卓を置き、一息ついた。
(今月はぎりぎり黒字着地できる見込み。この安定こそが、この場所、生徒たちの憩いの場を守るための揺るぎない基盤だから、これからもしっかり管理しないと)
その時、テラスの賑わいとは全く異なる、まるで冷凍庫から持ち込まれたかのような張り詰めた空気を纏った人物がカウンターに現れた。生徒会会計係で2年生の桐生 啓だ。彼は、生徒たちの楽しそうな表情には目もくれず、真琴の目の前にある発注書や、カウンターの隅に置かれた電気ケトルといったコストの源泉へと冷たい視線を向けた。
「泉さん。バリスタ部の活動について、生徒会から正式かつ緊急の通達だ」
桐生の口調は、感情の起伏が一切ない、まさに「帳簿」のような無機質なものだった。
「バリスタ部の現状の収支は、生徒会および学校の予算管理上、非常に大きな懸念材料だ。特に、貴部の原価率の高さと、非営利という名目における利益貢献のなさは、学校が資金を投じる『投資対象』としての観点から、明確に問題視されている」
真琴は、突然の監査と一方的な通達に驚きつつも、冷静に対応した。
「桐生くん。テラスは、単に金銭的な利益を追求する場所ではありません。『生徒の憩いの場』を提供することで、学習による疲弊を軽減し、学校生活への満足度を高めています。その無形の価値は……」
「無形価値? それは感情論だ。理事会が納得するのは、冷徹な数字だけだ。そして、その感情論は、最も早く切り捨てられる無駄と見なされる」
桐生は、真琴の反論を遮り、さらに冷たい言葉を続けた。彼の目線の奥には、何か切迫した焦りのようなものが見て取れたが、それがテラスの予算問題だけではない、より根深い危機感であることを真琴は察することができなかった。
「よって、今日から、生徒会はバリスタ部へ直ちに運営効率の改善を求め、来月末までに運営コストを20%削減すること。具体的な理由を尋ねるな。これは、生徒会からの命令であり、君たちに与えられた最後の猶予期間だ。この条件を達成できない場合、生徒会はテラスの存在意義について、理事会に否定的な報告書を提出せざるを得ない」
それは、真琴が完璧だと自負していた管理体制への全面的な否定であり、事実上の廃部への警告だった。桐生は、真琴の反発を待たずに、無言でテラスを後にした。




