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星陽高校バリスタ部  作者: やた
第4話 助っ人エースとラテアート

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5.癒しと覚醒

 楓は、戸田が作った特別なラテを、陸の手に静かに渡した。


「陸。これは、テラスの仲間、全員からの『おかえりなさい』の一杯よ。勝敗や功績じゃない。あなたが、無事に戻ってきてくれたことへの、感謝の気持ちよ。私たちは、あなたが笑っているだけで十分なの」


 陸は、ラテアートを見た瞬間、すべてを理解したかのように、息を呑んだ。疲労で焦点が定まらなかった彼の目が、戸田の描いた光と蔦の模様を捉える。その芸術は、彼の内側にある自己批判の念を、温かく包み込み、彼の存在価値は、結果ではなく、テラスにいる彼自身にあると、静かに語りかけた。


 陸は、その場から動けなくなった。やがて、彼の泥と汗にまみれた顔に、大粒の涙が流れ落ちた。それは、勝利の喜びでも、敗北の悔しさでもなく、仲間たちの自分を思いやる深い配慮に触れた、安堵と感謝の涙だった。彼の肩から、重い荷物が降りたように、緊張が解けていく。


 陸は、カップを手に取り、ゆっくりと一口飲む。カップから立ち上る柑橘系の爽やかな香りが、彼の嗅覚を優しく刺激した。雫が計算し尽くしたブレンドは、彼の緊張した身体を内側から解きほぐし、ミルクフォームのきめ細かさが、舌の上で優しく溶けていく。その温度、その香りが、自己批判で暗くなっていた心を明るく照らした。それは、単なる飲み物ではなく、テラスのメンバー全員の愛情が具現化された「栄養剤」だった。


 戸田は、静かに、しかし力強く言った。


「陸。お前がグラウンドで泥まみれで頑張れるのは、お前が帰ってくる場所がここにあるからだ。テラスのカウンターで、笑顔で接客しているお前が、一番テラスには必要だ。すぐに戻ってこい。お前の存在自体が、このテラスの暖かさ、つまり光なんだから」


 陸は、涙を拭い、最高の笑顔を見せた。彼の体からは、完全に「太陽の快活な匂い」が戻っていた。彼は、自分の役割は、野球部の助っ人である以上に、このテラスを照らすことにあるのだと、改めて悟った。


「…ああ、戻る。絶対に、すぐに戻って、みんなを引っ張る。トダテツ、最高の芸術だ。楓さん、雫、蓮、結、蒼太…ありがとう。俺のホームグラウンドは、やっぱりここだ」


 その時、テラスの扉が開き、エースの城戸健太が、試合後の後片付けを終えてやってきた。


「陸、体は大丈夫か…」


 城戸は、陸の手に渡されたラテアートを見て、その深遠なメッセージに目を見張った。


「すごいな、これは。勝利至上主義の僕らにはない、精神的なケアだ。一本のバットでどれだけ点を稼いだかではなく、一人の人間としてどれだけ必要とされているかを伝えている。勝利の女神より、よっぽど説得力がある。陸が、これほどテラスを大切にする理由が分かったよ」


 城戸は、感動した様子で言った。彼は、テラスが持つ「癒し」の力が、どれほど選手のコンディションに重要であるかを、身をもって理解したのだ。


 陸は、誇らしげに胸を張る。


「城戸。お前も飲んでみろ。ここに来れば、心も身体もリセットできる。お前が連投で疲れたときも、ここに来て休め。テラスの常連になれよ。バリスタ部員は、ただコーヒーを淹れているんじゃない。お前たちのことを、ちゃんと見て、その時のコンディションに合った最高の癒しを提供しているんだ」


 城戸は、テラスの温かい空気と、バリスタ部員たちのプロ意識に触れ、静かに頷いた。


「そうだな。俺も、テラスを、俺たちのセーフティネットとして頼らせてもらうよ。この一杯を見てしまったからには、常連にならないわけにはいかないな」

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