10.本入部、そして祝福の香り
蒼太、結、蓮の3人は、辛うじてではあったが、全員が本入部テストに合格した。
香月は、いつもの厳しい表情を崩さなかったが、口元には微かな笑みが浮かんでいるように見えた。
「あなたたちは、このテラスで、プロとして生きる最初の権利を得た。しかし、これは終着点ではない。今日から、本当の訓練が始まることを忘れないで。星陽高校バリスタ部員として、お客様の期待を裏切らない、日々の努力を怠らないこと」
楓は、涙を浮かべながら、3人を抱きしめた。その抱擁は、彼らがこの一ヶ月間、どれほど苦しみ、努力してきたかを理解している証だった。
「三人とも、よく頑張ったわ!本当に、よく乗り越えてくれた!あなたたちは、この木漏れ日テラスにとって、最高の1年生よ!」
そして、楓は、全員が揃ったところで、笑顔でサプライズを告げた。彼女は、その場の雰囲気を一気に明るい祝福のムードに変えた。
「さて!本入部の祝福と、もう一つ、特別な理由があるわ!みんな、知ってたかしら?今日、5月11日は、なんと、トダテツの誕生日なのよ!」
戸田哲也は、目を大きく見開き、驚きと喜びでいっぱいの表情になった。彼は、自分の誕生日を祝ってもらえるとは、思ってもいなかったのだろう。
テラスの奥から、美咲が作った、特製スイーツが運び込まれた。それは、見た目も美しい、芸術的なケーキだった。ケーキの上には、コーヒー豆の形をした繊細なチョコレートと、蓮のたい焼きで使う餡を練り込んだ、抹茶クリームがデコレーションされていた。
「トダテツの芸術作品への情熱と、私たちのテラスの象徴を融合させてみたのよ!」
美咲は、誇らしげに言った。
そして、蓮が抽出した、合格記念特別ブレンドが振る舞われる。蓮のコーヒーは、蒼太の「91℃」の感覚フィードバックを受け、華やかな香りと、たい焼きの甘さに負けないコクを両立させていた。それは、3人の努力と協力の結晶とも言える、完璧な一杯だった。
「うおおお!最高だ!お前たちの合格は、僕の芸術活動にとって、最高のインスピレーションだ!このケーキのフォルム、このコーヒーの香り!全てがパーフェクトな調和だ!」
戸田は、感激のあまり、蒼太と蓮を抱きしめる。
蒼太は、戸田の熱い抱擁に、少し戸惑いながらも、その温かさを感じた。彼は、テラスという空間を見渡す。そこには、自分の才能を認め、支え、時には厳しく指導してくれた、最高の仲間たちがいる。彼らの笑顔と、テラスに満ちる祝福の香りが、蒼太の心を温かく満たした。
(僕は、逃げなかった。言葉の壁を、仲間の笑顔と、自分の感覚で乗り越えた。このテラスは、僕の『居場所』であり、僕の『舞台』だ。そして、ここで僕は、自分の才能を、客の笑顔のために使うことができる)
蒼太は、蓮と結に、静かに微笑みかけた。二人の顔には、安堵と、未来への希望が満ちている。
「蓮くん、結さん。…これからも、よろしく。僕の嗅覚で、テラスの品質を守るよ」
「もちろんだ、蒼太。次は、俺のたい焼きが、お前のコーヒーに勝つか、検証してやる。俺たちは、最高のライバルであり、最高の相棒だ」
蓮は、職人の目つきで答える。
「これからもよろしくね、蒼太くん!蓮くん!私たちが、バリスタ部を、もっともっと、有名にするんだから!そして、たくさんの人を笑顔にするの!」
結は、満面の笑顔で応えた。
テラスには、コーヒーと甘いたい焼きの香りが満ち、彼らの青春の1ページを祝福していた。蒼太は、このテラスで、真の仲間と、自分の未来を見つけ出したことを、心から実感していた。彼らの物語は、今、まさに、ここから始まるのだ。




