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星陽高校バリスタ部  作者: やた
第3話 超えるべき一歩、本入部テスト

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9.5月11日本入部テスト

 5月11日。運命の本入部テスト当日。


 テラスは営業を早めに切り上げ、審査員である橘楓部長、河合翔副部長、そして顧問の香月涼子先生が、1年生3人を待ち構えていた。テラスの空気は、これまで感じたことのないほど、張り詰めている。いつもは温かいコーヒーの匂いが、今日は「プレッシャー」という冷たい鉄のような匂いに変わって、蒼太の鼻を刺激した。


 まず、蓮の「コーヒー抽出テスト」。


 蓮は、自分の完璧主義と、蒼太の感覚、雫の理論を頭に叩き込み、ドリップポットを握った。彼の目つきは、完全に職人のそれだった。湯を流し込む速度、蒸らしのタイミング、全てが正確無比。彼が抽出したコーヒーは、安定性に欠けていた以前のものとは比べ物にならない、クリアで雑味のない、合格基準内の味だった。


「抽出時間3分15秒。湯温91.5℃。テイスティングの結果、狙った通りのコクと酸味のバランス。合格基準内よ」


 香月は、静かに言った。蓮は、安堵よりも、プロとして当然の結果だという表情で、深く一礼した。


 次に、結の「たい焼き製造テスト」。


 結は、蓮の厳しい指導と美咲の温かいアドバイスを胸に、鉄板の前に立った。餡の計量、生地の流し込み、焼き時間。彼女は、テラスで笑顔になる客の姿を思い浮かべながら、集中力を維持した。指先に熱を感じるが、その度に「笑顔」という言葉を心の中で反芻する。焼き上がったたい焼きは、均等な焼き色と、餡が皮の奥まで詰まった、完璧なプロの品質だった。餡のはみ出しは、一切ない。


「完璧よ、結さん。広報担当であるあなたが、製品の価値を自ら作れるようになった。このたい焼きは、広報するに値する『真実』を宿しているわ。合格」


 美咲が、目頭を押さえる。結は、安堵と達成感で、思わず鉄板に深く頭を下げた。


 そして、蒼太の「接客テスト」。


 客役は、最も威圧感のある、顧問の香月だった。蒼太の心臓は、喉から飛び出しそうになるほど激しく脈打つ。彼の身体から、「恐怖」と「緊張」の匂いが、強く立ち上る。


「こんにちは、日向くん。…今日は、午後の会議で疲れたわ。胃に優しくて、少し心が安らぐような、あなたの一番のおすすめを、私に提供してちょうだい」


 香月は、冷徹な目で見つめた。彼女の視線は、蒼太の動きを全て見透かしているようだった。


 蒼太の頭は真っ白になった。言葉が出ない。完全に沈黙した時間が、数秒流れる。このままでは不合格だ。


 その時、蒼太は、結の「笑顔の力」と、陸の「アイコンタクト」の教えを思い出す。そして、都心のカフェで見た、プロの一瞬の真摯な表情を。彼は、震える手をポケットに隠し、香月の目を真っ直ぐに見つめ、精一杯の笑顔を作った。


「…あ、あの…橘部長が、今日、特別に…浅煎りの、エチオピアの豆を用意してくれました。す、酸味があるけど、とても、華やかで、心が安らぐ匂いがします…会議で疲れた香月先生の心を、少しだけ明るく照らす、光のようなコーヒーだと思います。それに、美咲先輩の、少し甘いたい焼きを、ご一緒に、いかがでしょうか」


 言葉は詰まった。敬語は乱れた。しかし、蒼太の言葉は、自分の正直な感覚に基づいており、香月への気遣いに満ちていた。彼は、香月の疲労の匂い、そして心が安らぐ匂いを求めていることを、正確に察知していたのだ。


 香月は、一瞬、目を見開いた後、静かに頷いた。彼女は、蒼太の言葉の不完全さよりも、その裏にある真摯な心と才能を評価した。


「…日向くん。あなたの言葉は、完璧ではない。しかし、あなたの瞳は、真実を語っている。そして、客が何を求めているかを、匂いで判断し、メニューに反映できた。それは、高度なプロ意識よ。…最低基準はクリア。合格とする」


 テラス全体が、安堵のため息と、微かな拍手の匂いに包まれた。蒼太は、全身の力が抜け、その場に崩れ落ちそうになった。しかし、蓮と結が、すぐに彼の両脇を支えた。彼らは、チームとして、この最大の試練を乗り越えたのだ。

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