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星陽高校バリスタ部  作者: やた
第3話 超えるべき一歩、本入部テスト

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6.GWの特別訓練

 5月に入り、ゴールデンウィーク期間に突入した。多くの生徒が長期の休みを満喫する中、木漏れ日テラスは、曜日を限定して細々と営業を続けていた。客層は、部活動の生徒や教職員、そして数名の警備員や清掃員に限られる。普段の賑わいがない分、客一人一人に時間をかけて丁寧に対応できるこの時期は、1年生の訓練に最適だった。実地訓練は、座学よりも遥かに彼らを成長させた。


 この期間中、蒼太、結、蓮の3人は、それぞれ特訓を重ねた。


 蒼太は、清掃員や、午後の会議で疲れた教員など、普段とは異なる客層に対し、結に教わった「笑顔とアイコンタクト、そして感謝の言葉」だけで対応する練習を繰り返した。彼は、客が何を求めているのかを、言葉ではなく、その人の表情や、身体から発せられる匂いの情報で察知しようと試みた。


 特に印象的だったのは、警備員の男性客が来た時だった。彼は夜勤明けで、明らかに疲労の色が濃い。


「よう、日向くん。いつもご苦労さん。ブレンドひとつ、苦めのやつを頼むよ。夜勤明けで、頭がボーッとするんだ」


 蒼太は、男性の体から、微かに「疲労と、カフェインを求める焦燥感」の匂いを嗅ぎ取った。結の言葉を思い出す。「相手への気遣い」。


「い、いらっしゃいませ!ブレンド、承知いたしました…あの、少々お待ちください…今日は、いつもより少し深めに、カフェインを強めに抽出します。いつもの豆よりも、酸味の匂いを抑えた、チョコレートのようなコクが強いブレンドにします。夜勤明けで、胃に負担がかからないように…」


 蒼太は、接客の途中で、初めて自分から、客のニーズに応えるための「提案」を、匂いと味の感覚に基づいた言葉で口にした。言葉は詰まったが、彼の真摯な姿勢と、彼が淹れるコーヒーへの配慮は、警備員の男性に伝わった。男性は、コーヒーを受け取った後、心底安堵したように微笑んだ。


「おや、それはありがたい。君のコーヒーは、いつも疲れた体にしみわたるんだ。君の優しさが伝わるよ」


 男性は、顔をほころばせた。


 また別の日、午後の会議でストレスを溜めた様子の教員が来た際には、蒼太は意識的に、浅煎りの華やかな豆を提案した。その教員は、一口飲むと、「この明るい匂い、会議の重い空気を忘れさせてくれる」と、驚きの表情を浮かべた。蒼太は、自分の嗅覚という武器が、客の感情を動かせることを確信した。


 陸は、その様子を遠くから見て、小さく頷いた。


「あの蒼太くんが、笑顔でアイコンタクトを保ちながら、自分の感覚を言葉にできた。大した進歩だ。言葉が完璧でなくても、客は、その背後にある『心』を嗅ぎ分けるものだ」


 蓮は、美咲の指導のもと、湿度や外気温といった日々の変化に対応し、常に安定した焼き上がりを実現するたい焼きの製造技術を磨いていた。GW期間中、テラスに来る教員や警備員は、普段からテラスを利用する常連客だ。彼らは、蓮のたい焼きのわずかな変化にも気づく。


「潮崎くん。今日のたい焼きは、昨日より皮がサクサクしているね。餡の温度を少し下げたかい?昨日のものは、皮が少し柔らかかった」と、技術科の教員が尋ねる。


「はい!今日のテラスの気温の上昇に合わせて、餡の煮込み時間を30秒短縮し、水分量を調整しました。特に皮を薄くパリッと焼き上げ、餡の甘さが口の中でより明確に広がるように調整しました」


 蓮は、自分の成果を、客との会話の中で確認していく。彼にとって、客のフィードバックは、実験結果の検証だった。


 結は、接客や広報活動の合間に、蓮のたい焼き製造の練習を熱心に手伝う。彼女は、もはや単なる広報担当ではなく、蓮が作る「テラスの価値」を、自分の手で作り出しているという自覚を持ち始めていた。3人のプロ意識は、このGW期間中に、一気に開花しつつあった。

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