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星陽高校バリスタ部  作者: やた
第3話 超えるべき一歩、本入部テスト

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4.笑顔の裏側:餡が求める集中力

 今度は、星野結の苦手分野、たい焼き製造の克服訓練だ。指導役は、蓮と美咲が務める。結の笑顔とコミュニケーション能力はバリスタ部の宝だが、その裏で、彼女は繊細な作業への自信を完全に失っていた。


 結は、フロアでは常に笑顔を絶やさないムードメーカーだが、たい焼きの鉄板の前に立つと、途端にその笑顔が消え、緊張で顔が強張る。鉄板から立ち上る熱気が、彼女の集中力を乱した。


「結、手が震えているぞ。餡の重さは、完璧なバランスで計量しなきゃいけない。正確に100グラム。少しでも偏ったら、焼き上がりが歪む。焼き上がりの失敗は、この段階から始まっている」


 蓮が厳しく指摘する。


 結は、餡を計量スプーンで正確に皮の中に流し込む作業に集中できない。鉄板の熱を間近に感じることが、彼女にとって大きな心理的な圧力になっていた。


「わ、わかってるんだけど…蓮くん、どうしても、手が、鉄板の熱を怖がるの。熱いものが苦手なわけじゃないけど、この高温の中で、無言で、針の穴を通すような正確さを求められる時間が、すごく長く感じて…私、接客みたいに、常に誰かと繋がっている状態じゃないと、集中力が続かないみたいで」


 結が焼いたたい焼きは、皮が薄い部分と厚い部分に分かれ、餡が均等に入っていないため、蓮が設定した合格基準にはほど遠かった。餡がはみ出した部分が鉄板に焦げ付き、テラス全体に焦げ臭い匂いが広がる。


 蓮は、結の心理的な動揺には目を向けず、職人としての厳しさで向き合う。彼の言葉は、常に「品質」という一点に集中していた。


「結、フロアで客に笑顔を振りまくのは、お前の得意な『演技』だ。それは素晴らしい才能だ。だが、この製造工程は、『真実』を要求する。なぜ、俺たちが客から金銭をいただくのか。それは、このたい焼き一つ一つが、完璧な『価値』を持っているからだ。歪んだたい焼き、餡が少ないたい焼きは、客への裏切りだ。お前の笑顔は、この完璧なたい焼きという『真実』があって初めて輝くんだ」


 蓮の厳しい言葉に、結は悔しそうに唇を噛む。彼の言う「真実」の重みが、彼女の心を圧迫する。


「分かってるよ!でも、蓮くんは、このたい焼きへの集中力がすごすぎて、私には無理だよ…私は、こんな孤独な作業、向いてない!」


 美咲が、二人の間に割って入った。美咲は、蓮の職人気質を理解しつつ、結の特性を活かす方法を知っていた。


「蓮くんの言うことは正しいけど、結ちゃん。蓮くんは『孤独な職人』だけど、あなたは『テラスの顔』よ。ねえ、製造中も、お客さんの顔を思い浮かべてみて。あなたが作った、この完璧なたい焼きを、あの子たちが食べて、どんな風に笑ってくれるか。あなたの集中力の源は、『他者との繋がり』でしょ?それを、この鉄板の前の、孤独な時間に持ち込むのよ」


 美咲のアドバイスに、結はハッとした顔をした。彼女は、再び鉄板に向かい、今度は目を閉じ、テラスで嬉しそうにたい焼きを頬張る生徒たち、特に、笑顔でSNSにアップしてくれる女子生徒たちの顔を具体的に思い浮かべた。


「そうか。私は、このたい焼きを、みんなの笑顔の素として、完璧に作りたいんだ。これは、『未来への接客』なんだ!」


 結は、再び蓮の指導を受ける。餡の計量、生地の流し込み、焼き時間。今度は、「客の笑顔」という明確なイメージを集中力の軸にしたことで、彼女の手の震えは止まり、製造の精度が格段に向上した。彼女の笑顔は消えたが、その表情には「テラスの顔としての責任感」という、新たな種類の集中力が宿っていた。


 そして、結は蒼太への接客指導を依頼された際、蓮の言葉を借りて、蒼太の「言葉の壁」に立ち向かうことを決意した。彼女自身が、蓮から「真実の価値」を学んだからだ。


「蒼太くん。蓮くんは、私のたい焼きが完璧でなければ、広報する資格はないと言った。だから、蒼太くんの接客が完璧でなくても、あなたの笑顔が、テラスの空気を明るくする。それが、蒼太くんの『真実』だと思う。完璧な言葉よりも、正直な感情を伝えればいいのよ」

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