4.パートナーという信頼
一方、テラスのカウンターでは、蓮が凛を呼び出していた。
蓮は、まるで果たし状でも突きつけるかのような無愛想な態度で、真っ白な懐紙に包まれた品を差し出した。
「……羽純。お返しだ。冷めないうちに食え。味の感想は、一言一句漏らさず聞かせてもらう」
凛は少し意外そうに眉を上げた。お嬢様育ちの彼女にとって、これほど飾り気のない、剥き出しのプレゼントは珍しかったが、その包みから漏れ出る香ばしい香りに、彼女の鋭い嗅覚が敏感に反応した。
「あら、潮崎くん。これが、わたくしへの返礼かしら? 相変わらず、色気もへったくれもない包みですこと。もう少し、贈る相手を尊重した装丁というものがあるのではないかしら」
凛の口調は、決して傲慢ではない。それは上品な少女が持つ、特有の気品と、対等な相手に対する親愛が混ざったものだった。
彼女はゆっくりと、その「白いたい焼き」を一口、小さく食した。蓮は、まるで自らの首をギロチンに預けるような覚悟で、一言も発さず、硬い表情で彼女の反応を待つ。
「……生地の粘りが、わずかに強いですわね。タピオカ粉の比率を少し上げすぎたのかしら? それに、白あんの繊細な甘みが、苺の鮮やかな酸味に少しだけ押されているような気がいたします。マリアージュとしては、あと一歩というところかしら。完璧とは言い難いわね」
手厳しい評価。だが、それを聞いた蓮は、不敵にニヤリと口角を上げた。その評価は、彼自身が試作段階で感じ、悩み、それでも「食感」を優先した結果としての違和感と、驚くほど正確に見合っていたからだ。彼女の舌は、彼の努力の痕跡をすべて見抜いていた。
「……ああ、わかってる。生地の比率を攻めすぎた。だが、その粘りこそが、喉を通る瞬間に残る『新しい食感』の正体だ。次に焼く時は、その粘りを活かしつつ、あんの糖度をコンマ数パーセント調整してやる。……あんたの舌を、完全に黙らせるまでな」
「あら、次がある前提ですのね。よろしいですわ。わたくしの舌は、そう簡単には妥協いたしませんから。あなたのその根拠のない自信が、いつか本物の技術に追いつく日を楽しみにしていますわ」
凛はクスリと、鈴を転がすような声で笑った。
そして、ふと蓮の右手に目を留める。そこには、完璧な白さを求めて、鉄板の温度変化と戦い続けた結果である、いくつもの小さな火傷の跡があった。それは、言葉よりも雄弁に、彼がこの一品に注いだ熱量を物語っていた。
「……潮崎くん。あなたは、本当にお馬鹿な方。わたくしのために、ここまで手を荒らしてしまって。わたくしが、そんな表面的な傷跡で同情するとでも思っていらして?」
凛の声から、鋭さが消え、柔らかな温もりが宿った。
「でも、そんなあなたの『不器用な執念』だけは、わたくしのパートナーとして認めてあげますわ。あなたの淹れる無骨なコーヒーと、この少し未完成なたい焼き。悪くない組み合わせですわ。今のわたくしには、これ以上の贅沢は思いつきませんの」
凛は、残りのたい焼きを大切そうに、一欠片も残さず食べ終えると、蓮を真っ直ぐに見つめた。
「これからも、わたくしを驚かせる『作品』を作り続けてください。期待しておりますわよ、し、いえ、蓮くん」
「……ああ。言われなくても、あんたが一生文句を言えないような、完璧を通り越したもんを作ってやるよ、凛さん」
恋人と呼ぶには、まだ距離があるかもしれない。
だが、二人の間には、誰にも邪魔できない職人同士の、そして魂を削り合うパートナーとしての深い「信頼」が、白い生地のように強く、しなやかに結ばれた。




