3.子供っぽい言い訳
テラスのさらに奥、たい焼きの鉄板の前に立つ潮崎蓮は、黙々と型を返していた
冬場、たい焼きの需要はピークを迎える。蓮は職人気質そのままに、常に一定のクオリティを保ち続ける。
その隣で、羽純凛が慣れない手つきでドリップポットを握っていた。
「……あっ」
凛が小さく声を上げる。お湯を注ぐ勢いが強すぎて、コーヒー粉の堤防が崩れてしまった。
「羽純。湯の太さが一定じゃねえ。……貸せ」
蓮は鉄板から目を離さず、空いた左手で凛の手首を優しく、しかし確実に支えた。
「あ……ごめんなさい。私としたことが」
「謝る暇があったら、湯の落ちる音を聞け。雑味が混じる前に止めるんだ」
蓮の言葉は無愛想で、ぶっきらぼうだ。だが、凛は知っていた。11月、憧れの蒼太に最高のたい焼きを食べさせたいと、蓮の聖域である鉄板を借りたこと。それにも関わらず勇気を失い肝心のたい焼きを蒼太に渡せなかったのに、温かいたい焼きを渡し、彼女の強張った心を解きほぐしてくれたのは、彼だった。
そして12月、クリスマスのイベントで発注ミスという失敗をしてしまった時、救ってくれたのは蒼太と結のペア。恋の三角関係のうちの二人に救われ、なすすべなく裏で一人泣いていた時、そっと寄り添ってくれたのも、彼だった。
凛は、自分の心の変化に戸惑いを感じていた。
入部当初、彼女が惹かれたのは蒼太の「天賦の才」だった。それは彼女が憧れ、恋焦がれる理想のバリスタ像そのものだった。
しかし、日々の活動の中で、彼女の視線はいつしか、自分を陰から支え、泥臭い仕事を文句一つ言わずに完遂する、この無骨な職人の背中を追うようになっていた。
(私は、蒼太さんの技術を尊敬している。それは今でも変わらないわ。でも、今……この胸の鼓動を鎮めてくれるのは、蒼太さんのコーヒーじゃない)
凛のバッグの中には、重厚なカカオの香りが漂うビターチョコが忍ばせてある。
「潮崎くん……。これ、あの。あくまで、今まで色々と私のフォローをしてくれたことへの、事務的なお礼です。勘違いしたら承知しないですわ」
凛は、自分でも驚くほど子供っぽい言い訳を用意しながら、蓮の横顔を盗み見た。自分を律してきた誇り高い心が、不器用な優しさに溶かされていく感覚に、彼女はまだ名前を付けられずにいた。




