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星陽高校バリスタ部  作者: やた
第21話 チョコレート・ロジック

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2.解けない変数

 バックヤードの事務デスクでは、副部長の泉真琴が、いつになく真剣な表情で在庫管理表を睨んでいた。


「真琴、その数値を追う指先、昨日より3ミリ秒遅いわよ。集中力が分散している証拠ね。原因は、背後のあの『浮ついた空気』かしら」


 メンテナンス担当の望月雫が、ノートパソコンのキーを叩きながら淡々と言った。


「……否定はしないわ。この時期の不確定要素の多さは、管理側としては計算外の連続よ」


 真琴は、手にしたペンを置いて深く溜息をついた。


「原材料のチョコの消費予測が立たない。陸が貰ったチョコを材料に転用できれば効率的なんでしょうけど、そういうわけにもいかないし。それに、何よりあの……部内の、この煮え切らない空気感よ」


 真琴の視線の先には、品質管理担当の日向蒼太と、広報の星野結がいた。二人の間には、もどかしいほどの沈黙が流れている。


 蒼太は、新作のショコラ・カフェ・オ・レのために、チョコの乳化具合を確かめるべく抽出に没頭している。その指先は相変わらず精密で、迷いがない。しかし、結が近づくたびに、彼の耳たぶが微かに赤くなるのを真琴は見逃さなかった。


 2人の関係は、この半年間で大きく、そして緩やかに揺れ動いてきた。


 7月、結のSNSが心ない炎上に晒され、彼女が「自分はテラスにふさわしくない」と心を閉ざしかけたとき、内気で誰とも目を合わせられなかったはずの蒼太が、彼女のために特別な一杯を淹れ、不器用な言葉で彼女の存在を肯定した。あの日のコーヒーの味を、結は今でも鮮明に覚えている。


 9月の星陽祭では、二人っきりの外出、二人っきりの試作、誠実に重なる言葉。共に困難を乗り越えるたびに、2人の距離は物理的にも心理的にも近づいていったはずだった。


 しかし、10月、羽純凛という「才能」が現れた。凛は蒼太の技術を正当に評価し、彼と「理論」という共通言語で深く語り合える存在となった。それを見た結の心に灯ったのは、自分にはない圧倒的な専門性を持つ者への嫉妬と、蒼太を遠くに感じてしまうことへの焦りだった。


 結は今、メニュー表を整えながら、何度も蒼太の背中を見つめていた。


(あと一歩。蒼太くんが淹れてくれるコーヒーみたいに、素直に混ざり合えたらいいのに)


 彼女が手の中に隠しているのは、市販のものではない。自分で何度も失敗し、指先を火傷させながら、温度計と睨み合って作り上げた、不格好な「本命」だ。


 結にとって、このチョコを渡すことは、単なる告白ではない。それは、蒼太と程よい関係を保ってきた自分から卒業し、彼と新しい関係を築くための、彼女なりの宣戦布告だった。これまでの曖昧な日々に、自らの手で終止符を打つための、決意の証だった。

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