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星陽高校バリスタ部  作者: やた
第20話 琥珀色のデシベル

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4.不器用な献身

 翌朝、真琴はいつもより1時間早く登校した。しかし、冬の冷たい空気の中、テラスにはすでに先客がいた。蓮が、大型冷蔵庫の前で白い息を吐きながら、黙々と手帳にメモを取っていた。


「……蓮くん? 何をしているの? こんなに早くから」


「あ、真琴先輩。……うす。在庫の棚卸し、勝手にやってました。昨日、先輩があの様子だったから、自分でもできること探しとこうかなって。少しは役に立てるかと思って」


「それは私の仕事よ。あなたは焼きの技術を磨くことに専念してって言ったはずでしょう」


「先輩、昨日ペン切らしてましたよね。あれ、相当余裕なさすぎっす。全部一人で抱えてパンクされたら、それこそテラスが止まります。それに、この発注書の間違い、俺が見つけときました。ミルクのケース数、一桁間違ってましたよ。このまま出してたら、テラスが牛乳の海になるところでした」


 蓮が差し出したメモには、真琴が昨日、極度の疲労の中で書き損じたミスが、赤字で正確に指摘されていた。真琴は自分のミスに愕然とし、同時に蓮の細かな観察に驚いた。


「……助かったわ。私としたことが、こんな単純なミスを……。自分の不甲斐なさに言葉も出ないわ」


「別に謝らなくていいっすよ。……俺、これでも会計補助っすから。先輩が一人で倒れられたら、何もしてなかった俺の責任になるんで、それは勘弁してください。……真琴先輩、あんまり一人でカリカリしてると、テラスの空気が重くなるんすよ。コーヒーの味って、淹れる奴の精神状態がモロに出るんで。……客に不味いコーヒー飲ませるのだけは、俺も職人として許せません」


 蓮のぶっきらぼうな気遣いに、真琴の強張っていた肩の力が、春の雪解けのようにふっと抜けていくのを感じた。そこへ、他の部員たちも続々と姿を現した。


「おはよう、真琴。昨日は悪かった。俺も、お前に全部丸投げしすぎてた」


 陸が申し訳なさそうに、しかし清々しい顔で言った。


「お前の苦労、分かってるつもりだった。これからは俺も、もっと事務の勉強するよ」


「いいえ、陸。……間違っていたのは私よ。数字という壁で自分を守ることに必死で、仲間の想いを壊そうとしていたわ。……一人で正解を出そうとして、みんなの可能性という変数を信じていなかった」


 真琴は、部員たちの顔を一人ずつ、慈しむようにまっすぐに見つめた。彼女の瞳には、昨日までの鋭い拒絶の色はなく、代わりにあるのは静かな決意だった。


「陸、例のフラワーラテ、やりましょう。新春の喜びを、待ってくれているお客様に届けるために。テラスに新しい風を吹かせましょう」


 部員たちの目に一気に光が宿った。驚きと、それ以上の喜びが波のように広がる。


「ただし、条件があるわ。みんなの専門性を貸して。雫、最もロスの少ない抽出フローをデータから再構築して。トダテツ、花の配置を幾何学的にパターン化して、新人でも同じクオリティが描けるマニュアルを作って。蒼太くんと凛ちゃんは、そのマニュアルに沿った最高の一杯を安定して抽出できる環境を整えてちょうだい。管理と情熱を、一つに繋げましょう」


「任せろ。美しさは、共有されてこそ価値があるからな。最高に映えるラテにしてやるよ! デザイン案、もう三つはできてるぜ」


 戸田が勢いよくスケッチブックを広げた。その表情は生き生きとしている。


「……了解。花の種類ごとに最適な湯温と蒸らし時間のパターン、すぐにシミュレートして出すよ。蒼太くんと凛ちゃん、協力して」


 雫と蒼太、凛が視線を合わせ、豆の準備に取り掛かる。


「はい。望月先輩と蒼太さんと一緒に、一秒の狂いもない抽出を実現してみせます。泉先輩にも、完璧な一杯を飲んでもらいたいので」


 凛も静かに頷き、ドリップスタンドのセッティングを始めた。

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