4.邂逅するバリスタたち
蓮の厳しい指導(?)に従い、大人しく行列に15分ほど並んで、ようやく焼きたてのベビーカステラを手に入れた時だった。
「あら、蒼太くんに結ちゃんじゃない。奇遇ね」
背後から、凛とした、けれどどこか温かみのある声が届いた。振り向くと、そこには上質なウールのコートをさらりと着こなした前部長の橘楓と、大きなマフラーを顔の半分まで巻き付けた河合翔、そしてお洒落なベレー帽が似合う香西美咲の三年生トリオが立っていた。
「あ、部長! 翔先輩に美咲先輩も! 皆さんで参拝ですか?」
「ふふ、二人で仲良くお散歩かしら? 初詣デートなんて、青春してるわねぇ」
美咲が目を輝かせながら茶化すと、蒼太は顔を真っ赤にして「い、いえ、そんなんじゃ……結さんに連れてこられただけで……」と、千切れるほど激しく首を振った。結は隣で「えへへ、そう見えます?」と悪戯っぽく笑っている。
「僕たちは、最後のお願いに来たんだよ。受験まであと少しだからね。バリスタ部のことと同じくらい、自分の将来も大事にしなきゃ」
翔が少しだけ真剣な、大人びた表情で、手に持った「必勝合格」の絵馬を見せてくれた。すると、反対側の参道からはさらに賑やかな一団――二年生グループ(陸、真琴、雫、哲也)も歩いてくるではないか。
「おーい! 蒼太、結! お前らも蓮のカステラ狙いか?」
沢村陸が、冬の空気を震わせるような大きな声で手を振る。泉真琴は隣で「ほら、陸、ここは神域よ。もう少しボリュームを絞りなさい」と、いつものように冷静に嗜めている。望月雫はタブレットの計算シートを睨みながら「ここの鳥居の反り具合……構造力学的に見て完璧な黄金比ね……」と呟き、戸田哲也は「この夕刻の光が社殿に落ちる影、実にドラマチックだ……」と、既に心の中でキャンバスを広げているようだった。
「……あれ? あそこの大銀杏の下にいるの、香月先生じゃない?」
真琴が指差す先には、数式の書き込まれたシステム手帳を片手に、社殿の梁の接合部を執拗なまでに観察している顧問・香月涼子の姿があった。
「先生、元日からフィールドワークですか?」
陸が呆れ顔で声をかけると、香月は眼鏡のブリッジを指先でクイと押し上げた。
「数学的観点から見た伝統建築の耐久年数と、視覚心理学的な美学の相関関係を再定義しているだけよ。休みの日まであなたたちに会うなんて、計算外の不運ね」
「先生こそ、お正月くらい数学から離れたらどうなんです……」
図らずも、バリスタ部の全メンバーが桜川神社に集結してしまった。誰かが号令をかけたわけでもないのに、吸い寄せられるようにここに集まった仲間たち。いつもの「木漏れ日テラス」の空気が、そのままこの神聖な場所へと転移してきたような、奇妙で幸福な感覚。
「ねえねえ皆さん、さっき凛ちゃんの巫女舞を見たんです! 本当に、息が止まるくらい綺麗で……!」
結が興奮を抑えきれない様子で、先輩たちに報告する。
「まじか、あの舞、羽純だったのか。ちゃんと見ておけばよかった」
「陸はずっと屋台ばっかり見ていたからな。何のために初詣に来たんだか」
陸と戸田がそう話すと、香月が割り込んだ。
「潮崎も、あそこの屋台で修羅みたいな顔して焼いてるわよ。さっきから一言も喋らずに、ひたすらカステラと対話しているわ」
香月が顎で蓮の屋台を示すと、部員たちは一斉に「えっ、あいつが!?」と目を剥いた。
バリスタ部という集団は、場所を変え、服を変えても、結局のところ「バリスタ部」という一つの有機体なのだ。仲間がどこかで全力を尽くしていると聞けば、それを自分のことのように誇り、称え合う。冬の厳しい寒さを忘れさせてくれるような、そんな温かな一体感が、蒼太の胸を満たしていた。




