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星陽高校バリスタ部  作者: やた
第19話 緋色と煤色

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2.緋色の巫女舞

 神楽殿の周囲は、樹齢数百年の杉の巨木が幾重にもそびえ立ち、そこだけが周囲の喧騒から物理的に切り離されたような、厳かな静寂のドームに包まれていた。


「シャラン……」と、清らかな鈴の音が風に乗って届く。その音は、まるで冬の結晶が砕けるような、透き通った響きを持っていた。


 舞台の上に現れたその人影を見た瞬間、蒼太と結は同時に呼吸を忘れた。


 そこにいたのは、羽純凛だった。普段、放課後の部室で見せるクールで少し刺のある「お嬢様」という印象は、今この瞬間、完全に別の何かへと昇華されている。


 鮮やかな、燃えるような緋色の袴。一点の汚れもシワもない真っ白な千早(ちはや)。そして、長く艶やかな黒髪を白い丈長(たけなが)で完璧に束ねたその姿は、冬の鋭い陽光を跳ね返し、彼女の周囲だけが発光しているかのような錯覚を抱かせる。


「……凛ちゃん?」


 結が、信じられないものを見るように、呆然と呟く。


 雅楽がテンポを速め、太鼓の音が地鳴りのように響くと、凛が静かに舞い始めた。手に持った扇が、冬の冷たく重い空気を鋭く切り裂き、白い袖が蝶の羽のように宙を舞う。


 蒼太は、その動作の一つひとつから目が離せなくなった。彼女の指先は、見えない糸に操られているかのように優雅な曲線を描き、一歩踏み出す足運びには微塵の迷いも、砂利を鳴らす微かな音も立たない。その瞳は、遥か彼方の神域、あるいは人には見えない何かを見つめているかのように澄み渡り、そこには普段の「バリスタ部の新入部員」としての甘えや、誰かを意識した隙など、一欠片も存在しなかった。


(これが……彼女の本来の姿、彼女が背負ってきた重みなのだ)


 蒼太は、胸の奥が熱くなるのを感じた。凛が代々神職に使える由緒正しき家庭の娘であることは聞いていた。習い事の弓道も、その一環として習っていたそうだ。


 しかし、これほどまでに伝統をその身に宿し、数千年の時間を背負って舞う姿を見ることになるとは思わなかった。彼女がドリップケトルを握り、お湯の太さをミリ単位で制御する時の、あの異常なまでの集中力。その源泉が、日々の遊びや趣味の延長ではなく、こうした神事への献身にあるのだと、蒼太は今、ようやく魂のレベルで理解した気がした。


 鈴を振るたびに、周囲の空気が粒子状になって浄化されていく感覚。


 舞が最高潮に達し、凛が舞台を大きく旋回したその時だった。彼女の鋭い視線が、観客の最前列で呆然と立ち尽くす蒼太と結の姿を、まっすぐに捉えた。ほんの一瞬、瞬きをする間もないほどの短い時間。凛の完璧な、石像のような無表情が、わずかに揺らいだ。その瞳に、一筋の驚きと、予期せぬ再会への動揺、そして自分の一番深い部分を見られてしまったという少女らしい羞恥が、火花のように散った。


 しかし、彼女は次の呼吸では、再び神に仕える無心の巫女へと戻っていた。指先の震え一つ、表情の綻び一つ許さない、徹底した自己制御。それは、神職の家に生まれた者としてのプライドであり、聖域を守る者としての、彼女なりの深い矜持だった。最後の一礼を終え、凛が舞台の奥へと静かに消えていくまで、蒼太たちは石化したように動くことができず、ただ冬の風が通り過ぎるのを感じていた。

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