8.聖夜の灯火
マーケットの完全終了を告げる、長いチャイムの音が雪の校庭に鳴り響いた。一般の客はすべて帰り、静まり返ったテラスには、バリスタ部のメンバーだけが残っている。
「みんな、本当にお疲れ! 星陽高校の歴史に残る、最高のクリスマスマーケットになったな」
部長の陸と、今日一日を一緒に走り抜けた楓が、全員に向かって、温かな湯気が立つカップを掲げた。中に入っているのは、最後の一滴まで、部員たちの想いを込めて淹れられた『聖夜の灯火』。
「……たくさんのミスもあったし、ハプニングもあった。でも、それがあったからこそ、みんなはこの、新しい味に辿り着けたんだと思う。……私は、この部活を、このメンバーを、心から誇りに思うわ」
凛は、楓のその言葉を噛み締めながら、静かに自分のカップに映る揺れる光を見つめた。その隣には、いつの間にか蓮が、当たり前のような顔をして立っている。彼は相変わらず無言でカップを傾けているが、その距離感は、数時間前までの他人行儀なものとは、決定的に、そして心地よく違うものに感じられた。
「凛さん、本当にお疲れ様でした。……あの、僕、凛さんを怒らせちゃったかと思って、ずっと……その、心細くて……」
蒼太が、申し訳なさそうに、けれどほっとした表情で近寄ってくる。凛は、一瞬だけ胸の奥がチクリと痛むのを感じたが、すぐに、今までで一番柔らかく、そして凛とした笑みをその唇に浮かべた。
「……心配いりませんわ、蒼太さん。私は、ただ自分の不甲斐なさに、ほんの少しだけ八つ当たりをしていただけです。……でも、あなたのコーヒーが、私を一番深い場所から救ってくれました。……心から、感謝していますわ」
「凛さん……」
「でも、次は絶対に負けませんから。……私のドリップ技術と運営能力をもっと磨いて、次はあなたのその天然な鼻を、完膚なきまでに明かしてみせますわ。……覚悟してください」
凛が、いつもの少し高圧的で、けれどどこか楽しげなお嬢様口調で言い放つと、結が「あ、宣戦布告だー! 私も負けないからね、蒼太くんの隣は私の指定席なんだから!」と茶化すように笑う。テラスに、寒さを溶かすような、明るい笑い声が広がった。
雪は、静かに、絶え間なく降り積もる。すべてを白く塗り替え、今日までの苦しみも足跡も、優しく隠していく雪。
けれど、このテラスで灯された『聖夜の灯火』の熱は、彼らの心の中に、決して消えることのない道標として刻みつけられていた。
蒼太と結。凛と蓮。そして、それを見守り、導く先輩たちと、香月。
それぞれの想いが、冬の夜空に瞬く星座のように、複雑に交錯し、響き合う。それは、どんなに完璧な数式でも解き明かせない、けれど世界で何よりも美しく、何よりも温かい、青春という名の「奇跡のブレンド」だった。
「……さあ、帰りましょう。明日からは、冬休みの特別特訓ですわよ。……潮崎くん、あなたのたい焼きの粉の配合についても、私からいくつか改善案がありますの」
「……ああ、分かったよ。お前の長い話を聞きながら帰ってやるよ。冷えないように、これ着とけ」
蓮が自分のマフラーを凛の首に乱暴に巻き付け、凛が「……、ありがとうございます」と顔を赤くして俯く。凛が先頭に立って、背筋を伸ばして歩き出す。その背中を、蓮が当然の権利であるかのように追いかけていく。蒼太と結は、顔を見合わせて小さく笑い、雪空の下で、最後の一口を幸せそうに飲み干した。
聖なる夜に灯された小さな火は、いつまでも彼らの行く手を、優しく、強く、そして永遠に照らし続けていた。




