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星陽高校バリスタ部  作者: やた
第18話 聖夜の灯火

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2.加速する視線

 マーケットの開始が告げられると、静かだったテラスは一瞬にして人の海、そして笑顔の渦へと飲み込まれた。


 芳醇なコーヒーの香りと、蓮が焼く香ばしいたい焼きの匂い。吹奏楽部が奏でるクリスマスメドレーが絶え間なく流れ、訪れた客たちは目を輝かせながらヒュッテを巡り、手作りのオーナメントやホットスナックを楽しんでいる。


「蒼太さん、次は3番テーブルへのドリップをお願いします。私が事前に55度で温めておいた特製のボーンチャイナを使って。温度管理は、この一杯の『品格』を決めますわ」


 凛は、驚くべき手際で複雑な注文を捌いていた。商工組合の役員たちが挨拶に来れば、一分の隙もない完璧な敬語と優雅な所作で応対し、「バリスタ部の羽純さんは、なんと頼もしく、美しいお嬢さんだ。将来が楽しみだ」と、地域の大人たちの心を次々と掴んでいく。そして、その忙しい合間に、彼女は計算され尽くした動作で蒼太との「共同作業」を差し込んでいく。


「はい、凛さん。この抽出スピードなら、フルーティーな香りを逃さずに閉じ込められるはず……」


「ええ。やはり私とあなたは、思考の波長が合いますわね。あなたの繊細なハンドドリップに、私の管理。これこそが至高です」


 凛は蒼太のすぐ隣に立ち、わずかに肩が触れ合うほどの距離で言葉を交わす。ふわりと、彼女の髪から冬の百合のような清楚で華やかな香水の香りが漂い、蒼太はドリップポットを握る手に不自然な力が入り、指先をわずかに震わせた。


「もー! 凛さん、蒼太くんを独り占めしないでよ! 蒼太くん、あっちで『ラテアートが見たい』ってお客さんが行列作ってるんだよ! トダテツ先輩だけじゃ手が足りなくて、みんな蒼太くんのトナカイアートを待ってるんだから!」


 結が、弾むような足取りで二人の間に鮮やかに割り込んだ。彼女は持ち前の天真爛漫な明るさで、年配の客には「可愛い孫」のように懐き、小さな子供たちには「優しいサンタのお姉さん」として絶大な信頼を得ている。


「結さん、今は私が蒼太さんと在庫と抽出データの同期を確認している最中です。遊びではありませんのよ?」


「在庫なんて、真琴先輩と生徒会の人が完璧にやってくれてるよ! それより蒼太くん、トナカイさん同士、一緒に写真を撮りたいって子がたくさん待ってるの。広報活動も大事な立派なお仕事だよ?」


 結は蒼太の背中をポンと押し、半ば強引に凛のパーソナルスペースから彼を引き剥がす。


「あ、ちょっと、結さん……。あ、凛さん、すみません! すぐ戻りますから!」


「……っ。星野さん、あなたは本当に、人の計算を一番嫌なタイミングで狂わせるのが得意ですわね」


 凛のサファイアのような瞳に、微かな、しかし消えることのない焦燥の火が灯る。


 彼女にとって、このマーケットは単なる学校行事ではない。それは、蒼太に対して「自分こそが彼の隣に立つべき最高のパートナーである」ということを、実力と結果で証明するための聖戦なのだ。しかし、結の持つ理屈を超えた「光」と「共感力」が、凛が積み上げた論理を次々と無効化していく。


 一方、そんな三人から少し離れた「たい焼きコーナー」では、蓮が、もはや神業とも呼べる速度で生地を流し込み、あんこを落とし、次々とたい焼きを完成させていた。


「……あいつら、何やってんだか。見てるこっちが火傷しそうだぜ」


 蓮は、凛の必死すぎる、そしてどこか悲痛なまでの横顔を視界の端に捉えていた。凛がお嬢様然とした振る舞いで周囲を感心させている裏で、実は昨夜、彼女が食事時間までを削って、来客予測と原材料の収支シミュレーションを何度も練り直していたことを、彼は知っている。備品の搬入時、重い段ボールを抱えて細い手が震えていた彼女に、何も言わずに手を貸したのも彼だった。


「蓮、ホワイトチョコたい焼き追加! お客さんが『外はカリカリ、中はとろーりで、今まで食べたたい焼きで一番だ』って大絶賛だよ!」


 部長の沢村が、嬉しそうに声をかける。


「当たり前です。外気で冷めるのを計算して、皮の糖分を微調整してます。……沢村さん、羽純に少し休憩を入れさせてやってください。あいつ、自分の熱で溶けちまいそうだ」


「お、蓮が女の子の体調を気遣うなんて。明日は雪じゃなくて槍でも降るか?」


「……仕事の効率を落としたくないだけです。それ以外に理由はありませんよ」


 蓮は無愛想に返し、再び鉄板の放つ熱気に没入した。しかし、彼の視線は時折、蒼太と結の仲睦まじい様子を見ては、さらに表情を強張らせていく凛の背中を、不器用なほど鋭く見守り続けていた。

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