5.灰色の結末
「……。失敗ですね。救いようのない、大失敗」
凛は、黒く無惨に焦げた一部を持つたい焼きを見つめ、力なく、幽霊のような声で呟いた。その声には、先ほどまでの熱量は微塵も残っていない。
蓮は何も言わず、トングでその失敗作を、ゴミ箱へは捨てずにトレイの隅へと静かに除けた。
「火が強すぎた。……いや、違うな。お前の心が、一瞬で氷点下まで冷めちまったせいだ。鉄板は、焼き手の温度を敏感に映し出す鏡なんだよ」
「……その通りです。返す言葉もありません」
凛は、もう反論する気力さえ失っていた。
視線の先では、蒼太と結が親密な距離を保ったまま、並んで部室の方へ歩いていく。結が蒼太の袖を子供のように引っ張り、蒼太が困ったように、けれど幸せそうに笑いながらそれに付いていく。その後ろ姿は、どれほど手を伸ばしても届かないほど、あまりに遠く、霞んで見えた。
自分は、一体ここで何をしているのだろう。
蒼太を温めるために、普段なら一番に嫌うはずの油汚れや煤煙にまみれて、必死に鉄板の熱に耐えていた。けれど、当の彼は自分の知らないところで、別の誰かの、その人自身の温もりが残ったマフラーで、すでに十分に温まっている。
底冷えするような虚しさが、冬の北風に乗って、凛の心の一番深いところまで容赦なく染み込んできた。
「……潮崎くん。今日はもう、失礼します。結局、私には……こういう泥臭い努力は向いていなかったようです。最初から、高望みでしたね」
「おい、勝手に幕を下ろそうとしてんじゃねえよ。あの完璧主義者の羽純様が聞いて呆れるぜ。お前のプライドは、そんな安っぽい恋愛沙汰一つで焦げちまう程度のもんだったのか?」
蓮の言葉は、氷の粒を投げつけられるように厳しいものだった。だが、その瞳の奥には、彼なりの不器用な、静かな穏やかさが宿っていた。彼は新しく生地を流し込み、鮮やかな、神業のような手つきで最後数枚の「作品」を仕上げ始めた。
「いいか、よく聞け。たい焼きってのはな、中の餡を優しく、だが頑丈に包み込むための『型』が必要なんだ。お前が昨日から必死にこねくり回してたロジックってのは、その型のことだろ。型がしっかりしてなきゃ、中身はただの熱い塊でしかねえ」
「……ええ、そうですね。それが私の限界でした」
「でもな」
蓮は、焼き上がったばかりの、まだ湯気が立ち上る完璧な一枚を、耐熱紙に包んで凛に無造作に差し出した。
「型だけが立派でも、中の餡が冷めきって凍ってりゃ、そんなもん誰も喜ばねえし、食えたもんじゃねえ。……お前が今焼こうとしてたのは、ただの冷たい『形だけの理想』だ。それじゃあ、誰も温められねえよ」
凛は、差し出されたたい焼きを、まるで壊れ物を扱うように両手で受け取った。
驚くほど、熱かった。
その熱量は、凍えかけていた彼女の指先の感覚を呼び覚まし、ゆっくりと腕の血管を伝って、心臓の奥底までを強引に解かしていくようだった。
「蒼太に食わせるんだろ? だったら、お前自身がまず温まってなきゃ話にならねえんだよ。……そいつを食え。話はそれからだ。師匠の命令だぞ」
蓮はそう言い放つと、後片付けのために鉄板のガス栓を締め、火を消した。ガスの燃焼音が消え、テラスには再び、冬の静かな、そして深い夜の帳が降りてくる。




