2.職人の拒絶
放課後の「木漏れ日テラス」は、期末試験が近づいていることもあり、勉強の合間に温かい軽食を求める生徒たちで、いつも以上の賑わいを見せていた。
そんな喧騒の渦中、蓮は慣れた手つきで客にたい焼きを渡しつつ、隣で微動だにせず立ち尽くしている凛を、嘲笑うかのように鼻で笑った。
「はっきり言うぜ。蒼太に食わせたいんだろ? 隠したって無駄だ。お前の視線は、ずっとあいつの背中に、執念深いレーザーみたいに刺さってるからな」
「っ……! そ、それは……、そんな、短絡的な理由では……」
凛の白い陶器のような頬が、冬の寒さとは別の、もっと熱い理由で鮮やかに朱に染まる。蓮は「やっぱりな」と深いため息をつき、たい焼き機の重い蓋をガチャンと勢いよく閉じた。
「いいか、男を釣るための撒き餌に、俺のシマを使わせるわけにはいかねえんだよ。たい焼きを舐めるな。生地の温度、小豆の炊き加減、ガスの火力のミリ単位の微調整……これには、お前が夢想してるような『女子の可愛い手作りおやつ』なんて甘っちょろいもんが入り込む隙はねえんだ」
「私は、そんな生半可な気持ちで言っているわけではありません。あなたの技術を、決して軽んじてはいない」
凛は黙ってカバンから一冊の、使い込まれた気配のあるノートを取り出し、蓮の鼻先に突きつけた。
そこには、昨晩彼女が徹夜で調べ上げたと思われる、たい焼きに関する膨大なデータが、寸分の狂いもなく記されていた。
小麦粉のタンパク質含有量によるグルテン形成の相関図、メイラード反応が開始される摂氏140度からの最適温度曲線、鉄板の材質による熱伝導率の計算式……。さらに、蓮のこれまでの作業動線を分析したタイムチャートまでが添えられている。
「……なんだ、これ。新手の呪文か? それとも、学校を爆破するための設計図か?」
「ロジックです。あなたの技術を、私は最短距離で、正確に習得してみせます。この理論が正しいかどうか、私の体で証明したいのです。……いいえ、どうかさせてください」
蓮はそのノートをひったくるように奪い取り、パラパラとページをめくった。文字は一字の乱れもなく整然と並び、要所にはカラーペンで強調が加えられている。そこにあるのは、単なる一時的な憧れや興味ではなく、対象を完全に解剖し、支配しようとする「職人としての執念」そのものだった。
「……ふん。お嬢様にしては、随分と骨のあること書くじゃねえか。……気に入らねえがな」
蓮はノートを凛の胸元に無造作に投げ返すと、アゴで自分の隣、熱気が渦巻く一角を指差した。
「いいか、一度しか言わねえ。俺のやり方は、このノートにあるような綺麗な数字の羅列じゃねえんだよ。指先の痺れるような感覚と、鼻がバカになるくらい嗅ぎ分ける匂い……、それこそお前が一番嫌いそうな『非科学的な経験則』だ。それに骨の髄まで付いてこれるってんなら、この鉄板を貸してやる。ただし、脱落は認めねえ」
「……ええ。承知しています。私の理論が、あなたの経験に勝るか、あるいは融合するか、試してみましょう」
二人の間に、目に見えるような火花が散った。それは甘い恋の予感などではなく、最高の結果を求める「完璧主義者」と「妥協なき職人」による、プライドを賭けた真っ向勝負の始まりだった。




