悪党との遭遇
もうすっかり暗くなった夜道。ちょうど電柱の灯りに照らされた中で、背後から唐突に聞こえた声の方へと反射的に振り返ってみれば、そこには二人の男がいた。
こっちからは逆光になってて、ほとんど黒影しか分からないものの、男達は構わず私に近づいてくる。近づくにつれて二人ともライトを浴びて顔も身体も段々と映るようになる。ぱっと見た感じ、イキってる不良だって分かるようになる。
学ランを着ている感じではあるものの明らかに私よりも背が高い。その学ランもわざと着崩していて、白いシャツが曝け出している。髪はワックス塗ってるみたいに跳ねていて、一人は金髪、もう一人は茶髪だ。二人ともポケットに手を突っ込みながら、膝を曲げながら前進してきている。いや、それよりもなによりも……。
「キミ結構カワイイじゃん。中学生?」
「えっ、あっ、あの……」
「こんな暗い中ぼっちで帰るなんて寂しくね? 俺らが一緒に家まで送っていってやるよ」
「いや、そのっ……」
「ぶはっ! こいつちょー怯えてんじゃん! 久々にリアルで怖がった顔見たわw」
「ばかオメェのせいだろ。こういう娘にはもっと紳士的にだな……」
「えーでもよ、こういうのもいいんじゃね? ほら、ギャップだよギャップ。最初は怖がらせておいて、でも段々と親しみやすさに気づく的なw」
「そーれ上手くいくのかよお前がやってw」
「るせぇやってみなきゃ分からんねぇだろうがよ!」
いや、もう十分に印象最悪なんですが……。
さっきからこの人達、ニヤけた顔でしか私を見ていない。あの手この手で接触を図ろうとしてくる態度もわざとらしくて、小賢しくて、狡くて嫌になる。
それに、いくら私の反応が悪かったとしても、早々に無視して相方との会話に盛り上がらせた辺り、本当に自分らのことしか頭にないんだと察してしまう。こんな、体格でも態度でも乱暴さが滲み出ている人達に、少しでも気を許したらと思うと、抵抗できないまま好き放題されるゾッとするような結末しかしない。
もはや相手にするだけ無駄と分かったから、私の方も自分の身を第一に考えようと心を閉ざす。
「んじゃあお前がやってみろよ」
「上等だおら」
私が心の中で腹を決めている最中、男達の方も出方をどうするか決めたようだ。挑発するようにけしかける茶髪の人が一度引いて、金髪の人が売り言葉に買い言葉を返しながら前に出る。
「なあなあ、そう怖がんなって! そういう処女みたいな反応もカワイイけどよ、別に今すぐどうこうしようってわけじゃねぇから」
「そうそう。無理やりするのもそれはそれで愉しいけどさ、やっぱ仲良くなってからお互いノリノリでヤんのが一番だと思うわけよ」
えっ。それ口説き文句のつもり? びっくりするぐらいセンス無さすぎでは? 普通に脅し文句でしかないし。大体、そうやって詰めてておきながら怖がるなって無茶にもほどがあるでしょ。
そう内心で毒づいている間にも、男達の視線は私の身体に向いている。ジロジロと舐め回すように、品定めするように、無遠慮に気味の悪い目で私を見てる。
「……や、でも、そのっ。わ、私なんかと遊んでも、つまらないと思います……よ?」
どうにかして相手の興味から逃れたいと思うあまり、つい私は咄嗟に“私なんか食べても美味しくないですよ……”みたいなことを口走ってしまう。仮に相手が野獣だとしても悪魔だとしても、その返答はピントがズレていると言った後で気づく。
「んなことねぇって。確かにお前は貧乳だけどよ、その子供みたいな顔立ちと合わせて見りゃあ、いかにも小柄で華奢で純粋無垢なロリって感じでなかなか魅力的だぜ?」
「ああ。別に太っているわけじゃねぇしな。くびれとか尻の小ささとかイイ感じだし、それに女子らしいイイ匂いしてるし。まあ俺的にはもう少し肉ついてた方が好みではあるがな」
「それな。今は長袖長スカートでおまけに長髪で肌も白くて、いかにもまだ何も知らない清楚って感じだが、だからこそ調教のしがいがあるってもんよ」
「分かるわ。まさに人形みたいな可愛さしてるしな。まだ何にも染まってなさそうな面してるし、いっそ俺らの色で染めてやって、内なる色気を際立たせてやりてぇところだ」
案の定、私の必死の抵抗は無駄だった。
華奢とかロリとか茶髪のやつは言うけれど、フォローどころか褒め言葉にもなっていない。むしろ、無粋に私の身体を評価されたこと自体に傷つく。しかもどうせ、コイツらはそれに気づいていないと思うと、余計に腹立たしくなってくる。
「お、その照れた顔も結構カワイイじゃん! そういう表情豊かで素直なところも実にイイねぇ」
「ツンデレってやつか? 素っ気ない態度してるけど実は内心嬉しがっているとか! やべっ……マジで興奮してきたわ」
うっさい! 第一これは決して照れてるんじゃない! 恥ずかしさと憤りで顔が真っ赤になっとるんじゃ!
「ああもう、なんか、たまんねぇな。今すぐ布かなんかにくるんで持ち帰りてぇぐらいだわ」
「確かにな。んで、その後は大事に飼って、懐柔して、愛でまくって、目で癒やされながら俺ら好みの妹にしてやりてぇわ」
「具体的にどんなんがいいよ? 俺は、俺らにだけはベタベタ甘えて懐いてくるタイプがいいな」
「いやいや、今の一見クールだけど仕草がキュートな部分も保ちてー。ここは敢えて、俺達との仲を深めてって、隠しきれない愛情と執着を芽生えさせるってのもアリだと思うぞ」
金髪ヤローも茶髪ヤローが随分な夢物語を語っているところ生憎だが、ノーサンキューだ。
ついに本性が露わになった……というか、元から割と漏れ出てたのが、ここにきて決壊の兆しを見せつけてきた。
「お? なんだその目は。もしかして俺らをバカにしてんのかああん?」
しまった。
つい危険極まる雰囲気がして、ついでに本気で気持ち悪いとも思ってしまって、反抗的な目をしているのもバレた。
だけど、流石にここにきて改まるわけにも行かず、ただだ金髪ヤローの睨み返しに、ぐっと歯を食いしばり両手を握って、全身を固まらせたまま耐え続ける。
「ぶはっ! んな顔で必死に怒ったところで可愛いだけだっつーの!」
「そうそう。お前みたいなロリっ子がいっちょ前に睨んだとこで、むしろ微笑ましいぐらいだわ。まだ人見知りしてて懐いてない猫みてーでホントたまんねぇわ! ふははっ」
くっ……。
屈辱的だ。突きつけられた無力さに悔しくて堪らなくなる。私はこんなに本気なのに、その思いを欠片も感じ取ってくれない。性別差も体格差もあり過ぎて真っ向から立ち向かうわけにもいかないのに、これでもダメならどう足掻けばいいというのか。
「お? どうした、泣きそうなのか?」
「ほぉー。まあ泣きたい時は遠慮なく泣けばいいよ。涙流してるお前も、なかなかにグッと来そうだ」
キッショ! 最低だ! 最悪過ぎる!
この人達は、女の子を泣かしても、泣かすようなことしても少しも悪びれないの? どころか、あまつさえそんな可哀想な姿すらも好奇の目で見るなんて、信じられない!
私は確信する。この人達は、私をオモチャか何かにしか思ってない! 自分達の欲のために消費することしか頭に無くって、私の気持ちなんかこれっぽっちも見ようともしない! 自己中甚だしくて腹立たしい! そんなので、大事にするとか言わせれても全然信じられない! むしろ大事にしてやりたいくらいだ!
美桜ちゃんとは違う! 美桜ちゃんの、私にしてくれている大事さとは……。
そう思っていたら、いきなり私の耳元のすぐそばを金髪ヤローの腕が通り過ぎて、思わず「ひっ……!」と引きつった声が出て反応してしまう。
「オラ! お前、いい加減楽になって俺達のモンになっちまえよ」
いわゆる壁ドンのつもりだろうか。いや、私の後ろには電柱しかないから、これは柱ドンか。
まあ、どっちにしても、今更こんなポーズをされたところで、急に心変わりなんてことはあり得ない。私はそこまで流されやすい、安い女の子のつもりはない。たとえ、俯いてた顎を指で無理やり前に向けられただしてもだ。
目と鼻の先では、金髪ヤローが据わった目で私の顔を見ている。真剣な眼差しを送って、低く響く声で私に囁きかける。
急に迫られたせいで心臓がバクバクドキドキしてしまうが、それは決してときめいてしまったからなんかじゃない。単純に、明確に、横暴な態度と威圧感に、恐怖を感じているからだ。身体中に力を入れて、ここはせめて最後まで抵抗するべく、耐える。耐え続ける。命かあるいは貞操の危機に、聞き分けよく屈伏するわけには行かない。ましてや、いくら怖いからといっても、腰を抜かすような真似は絶対にしないように強張らせる。そんな態度を抜かしたら最後、その時こそ、この男達の言う通りに、言いなりになるしかなくなってしまう。それだけは絶対にダメだ。それだけは避けなくてはならない。たとえ、どんなに今自分が情けない顔をしていようとも、だ。
「…………」
「…………」
両者お互いに睨み合ったまま動かない。こうなったら、意地でも飽きるまで逆らってやる。
幸いにも、男達はそれ以上私に手を出しては来てない。片手を電柱に押し付けている金髪ヤローのもう片方の手は腰に当てたままだ。片割れの茶髪ヤローも、逃げ道を断つように反対側にさり気なく立ったものの、腕を組んで私の動向を伺っているだけだ。私はどうこうできままだけど、だからこそ、そのうちコイツらが飽きて諦めて去っていくその時まで、我慢し続ける。
早々に私は、緊迫した雰囲気に堪えられなくなって、視線が泳いでしまったけれど、それでも足だけは棒のように立ったまま動かさない。いや、正直に言えば、立ち竦んで動けなくはあるけれど、それでも下手に逃げ出して捕らわれてしまうことはないように、頑張り続ける。
何分経ったかも分からない。そろそろ私も疲れを感じてきた頃、私は、コイツらが飽きて諦めるよりも、むしろこのピリピリした状況から痺れを切らして私の腕を掴んで連行される可能性の方が高いことに、やっと思い当たる。
そうなったら、非力な私には成す術が無い。どうしよう。どうしようそうなったら! 親に過保護に面倒見られている私だけれど、防犯ベルは今手元にない。ポケットのスマホに見守りアプリは入られているけれど、電気量や通信量を気にして普段は位置情報を切ってある。そもそも、こうして二方面からじっと睨まれているというのに、わざわざポケットなんかに手を伸ばす素振りをしたら、それこそ腕を掴まれるに決まっている。連行されたら、当然コイツらは私の身体を弄って、痴漢しながらスマホも回収されてしまうだろう。
絶望的な可能性が過ぎるも、私は、それでもただ、コイツらがその考えに至らないことを祈りながら、懇願しながら、硬直したまま時が過ぎるのを待つしかできないでいた。
「おいあんたら! そこで何をしている!」
遠く離れたところから、誰かに大声で咎められるまでは。




