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二人の葛藤

「えいっ!」

「ぎゃあああー!」


 まず、迫りくる美桜ちゃん対し私は咄嗟に、両腕で胸元をガードするように縮こまる体勢をとった。が、美桜ちゃんはそんな私を丸ごと包み込もうとするかのように、大きく両腕を開いて、ガバっと抱き締めてきた。


「おりゃあー! 観念してあたしに抱かれろー!」

「やあぁー!」


 もはや何をされているのかも、何を言われているかも判断できずに、私はパニックになって闇雲に声を上げて耐えようとする。

 身体を締め付けられて身動きが取れず、視界には美桜ちゃんの部屋しか映らず、片方の耳元に美桜ちゃんの髪が押し付けられている。


「抵抗するなら、このままスリスリの刑に処してやるー!」

「きゃぁあー!」


 美桜ちゃんが顔ごと震わせて、柔らかな髪を耳に思いっきり擦り寄せてきた。同時に、背中に回された美桜ちゃんの両手が服越しに遠慮なく撫で回される。


「おりゃおりゃぁー! すりすりスリスリー!」

「ひぃぃぃー!」


 激しさを増してきた抱擁と愛撫? に私はされるがままになった。今朝の一件と同じく、いきなりの急展開でおっ始まった愛情表現に、ただただ混乱するばかりで、なかなか受け入れて理解する余裕は持てずにいた。


「すりすりー。すりすりすりー……」

「…………」


 そのまましばらく続けられていたら、段々と美桜ちゃんの声がトーンダウンし、なんだか棒読みレベルにまで落ちていてった。それに合わせて、スリスリの刑も勢いが無いなっていく。


「…………」

「…………?」


 そして、美桜ちゃんはついに何も喋らなくなった。

 相変わらず愛情表現はまだ続いているし、抱き締めから解放される気配もない。

 流石(さすが)に私も落ち着きを取り戻し、我に返ってくる。最初は何をされているかも分からず喚き散らかしていたけれど、冷静に受け止めてみたら、なんてことはない、ただ親友に抱きつかれて、背中と耳を擦られただけだった。


「…………」

「美桜ちゃん?」


 その愛情表現も、なんだか意味を失いかけて惰性的になってきて、ようやく私は、どうしたんだろう? と親友を気にかけられるくらいには心に余裕ができた。


「……ねえ、果歩」

「……なあに?」


 様子を訊いた途端、美桜ちゃんはとうとう動きを止めた。そして、神妙な声で私に訊き返してきた。


「……嫌、だった? こういうの」

「え……」


 一瞬、何を言っているのか分からなかった。

 思い返してみれば、最初に襲いかかられた時に私は、はっきりと「イヤァ!」って、言った気がする。

 だけど、それは、ろくな前置きもなく無理やり何かされるのが怖かっただけで、別に美桜ちゃんに抱き締められることぐらいは何とも気にしてはいない。


「……いや、じゃない……よ?」

「……そっか」

「……美桜ちゃん?」


 安堵する美桜ちゃんに対し、私は、今更なんでそんなことを改まって訊くのか、疑問しか浮かばなかった。

 分からない。美桜ちゃんが今、何を考えているのか。

 心配になりつつも、美桜ちゃんが自分から話してくれるのを待っていると、ようやく、


「あのね、果歩……」


 と、いつになく真剣な美桜ちゃんの声が聴こえてきた。


「うん……」


 私も、その覚悟に向き合うように、相槌を打つ。


「あたしね、果歩のこと……す、好き……なの」

「うん」


 声が震えてる。それだけ、美桜ちゃんも必死なのだろう。


「親友としてだけじゃない。……できるなら、恋人に、なりたいと思ってる。……恋人同士になって、あたしの彼女って、言えるようになって……い、色々な……恋人同士でしか楽しめないような色事も……か、果歩……と、し、してみたいっ……て、思って、る」

「……うん」


 そっか。美桜ちゃん……そうなんだ。


「でも、あたし……っ。果歩が……そういうの、受け入れて、くれるかどうか……分かんなくって……。でも、果歩を見るたびに……一緒に過ごていくうちに……想いが、欲がっ……溢れて、止まらなくなって……っ。今朝……それに今もっ。……こんなこと、しちゃったの……」

「……うん」


 美桜ちゃんが、泣いている。ぐずっぐずっ……と、時々鼻水を啜りながらも、ちゃんと胸の内を打ち明けてくれている。


「……もし。果歩……が、どうしても……っ、そういうの、無理だったなら、あ、諦める……よ。でも……でも、ね? 一度も、やってないのに……嫌だって、言われても……あたし、納得できない……。だから……だからっ、あたし……うぅ〜……」


 とうとう、堪えきれなくなってしまった美桜ちゃんが、鳴き声しか上げられなくなってしまった。

 気持ちを問いかけられている私は、“大丈夫だよ”なんて安易に言うことはできないまま、代わりに美桜ちゃんをよしよしと撫でて慰め……ようとしたけれど、他でもない美桜ちゃん自身に両腕を拘束されてて、それすらも叶わなかった。

 唯一、できることがあるとすれば、美桜ちゃんの想いをどう受け止め、私自身がどう向き合っていくのか、考えを巡らすことだけだった。

 

(……美桜ちゃん)


 私は、どうするべきなのか。

 最初は、こんな時が来るとは思わなかった。私と美桜ちゃんは親友で、生涯ずっと、それは変わらないと思っていた。

 だけど、美桜ちゃんは、実際にはそれ以上を求めていた。

 人生を楽しむことに貪欲な美桜ちゃんではあったけれど、まさか、性欲すらも私なんかに向けようとしていたなんて、正直衝撃的だった。あまりも予想外過ぎて、受け入れたとしても上手くやれるかどうかも分からない。

 私自身、美桜ちゃんの漫画やアドバイスのおかげで、そういうのに少しは慣れてきたと思っていたけれど、やっぱり、実際に体験するのは大違いだったわけで。

 少なくとも、私は美桜ちゃんと親友になった頃には、お母さんの教育についてはほとんど真に受けていない。

 ただ、全部を美桜ちゃんに相談したわけでも無いから、まだ心に疑惑として引っかかって、取り切れないものがある。


「ねえ、美桜ちゃん……」

「ぐすっ……。…………?」


 けれど、私は、それでも、親友だった美桜ちゃんを……信じたいと思った。だからこそ、私は、今の自分にできる範囲で答えてみる。


「……まだ、私、美桜ちゃんの気持ちに、全部は応えられない。だから……そのぉ……。す、少しずつ……で、いいなら、お、教えてくれると……うれしい……かな?」

「…………」


 緊張のあまり、途中からとんでもないことを口走ったような気がする。自分が今、どういうことを言ったのか。たぶん、お母さんの意に反しているだろうと、いうのだけは分かる。


「……分かった。……ありがとう。……絶対に、果歩無理はさせないよう、努力するっ。……もし、ダメそうだったら……いつでも、無理しないで、断って……いいから……。ね?」

「……うん」


 そう返事すると、私はやっと、美桜ちゃんの腕の中から自由になれた。



 

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