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お母さんから教えられた事と、今の現実


『いい? 性行為は妊娠のための行為で、娯楽じゃないの!』

『大人になって結婚するまでは、誰とも性的な事をしたらダメよ!』

『プライベートゾーンは絶対に守りなさい!』

『露出が高い服装もダメ! ミニスカなんてとんでもない! 自分の身体を大事にしなさい!』

『なんでそんな気持ち悪いもの見てるの! 性的消費は辞めなさい!』

『グルーミングには気をつけなさい! 性愛は愛なんかじゃないの! ただの卑劣で最っ低な性的搾取でしか無いんだから!』

『大事なこと言うけれど、性は人権の一つであって尊厳と同じなの! つまり、性を一度でも誰かに明け渡したら、それは自分から人権も尊厳も放棄したのと同じなの! そうなったら人生終わったも同然よ! だから、絶っ対に、そんな自殺行為はしないでちょうだい!』


 お母さんが口を酸っぱくして、性教育と言う小言の数々を投げかける度に、私は萎縮していた。

 どれも、私のためを思って言っていることは分かっているけれど、それと引き換えに自由が奪われている感覚がして、落ち着かなかった。

 おかげで、親の前で性的なコンテンツを楽しむことは、漫画やアニメは勿論、下ネタですらも禁じられたし、夏になっても半袖も短パンすら許してくれなかった。

 手厚い保護が行き過ぎて、暑くて息苦しかった私にとって、唯一の逃げ場と言えたのは親友の美桜ちゃんの家だ。

 美桜ちゃんの家には、そういう展開が出てくる漫画も普通にあったし、アニメだって普通に見れた。おかげで、ここだけは抑圧というもの解放され、自由というものに懐抱されているような、居心地の良い爽快感が味わえた。

 最初は驚いた事もあったし、美桜ちゃんからも事ある度に『大丈夫?』と言ってくれたけど、私は、初めてできた友達と同じものを楽しみたくて、我慢した。

 ある日、美桜ちゃんに訊いてみたことがある。こんなのを私達が見ても大丈夫なのかと。

 そしたら、美桜ちゃんはこう答えてくれた。


『うん、大丈夫だよ。だって、見るだけだし。見たくなかったら見ないようにしたら良いだけだし。もしも不快だったら、次から気をつければ良いだけだし。それに、案外慣れっていうのもあるし』


 まるで物怖じせずに、それどころか楽しんだり笑ったりする余裕のある美桜ちゃんの姿は、私には頼もしく見えた。

 それに、美桜ちゃんの言う通り、“慣れ”っていうのはあるみたいで、最初はおっかなびっくりだったものの、何回も見ているうちに段々と大丈夫になり、ついにはそこまで抵抗もなくなった。

 ……まあ、最近の美桜ちゃんの新しいラインナップに加わった、秘密の漫画にあったあのシーンだけは未だに慣れてないけれど。

 それに関しては、美桜ちゃんもやっぱり気に掛けてくれて、以来私と一緒に読むことはなくなった。

 ……でも、あくまで私がいるから控えているだけで、美桜ちゃんは普通に読んじゃっているんだろうな、とは思う。

 今までのと違って、改めて“秘密”と言われたその理由について訊いてみたら、美桜ちゃんはいつになく真剣な顔になって、


『別に、見たり読んだりこと自体は良いんだけど、高校を卒業するまでは、見たり読んだりしていることを他の誰かに言ったり、感想でも書いたりしたら絶対にダメなんだって。もしそんなことしたら、二度とこういう漫画は読まさないって、ママにもパパにも厳しく言われちゃったから』


 って語ってくれた。私のお母さんと違って、そういうのに緩そうな美桜ちゃんのパパママですら、そんな風に言うってことはよっぽどの事なんだろうな……って、私は思った。

 それでもちょっと好奇心に負けてお願いしてみたら、美桜ちゃんは仕方なく、


『じゃあ……ちょっとだけだよ。その代わり今あたしが言ったこと、絶対に果歩も守ってよ? 約束だよ?』


 と言って、約束したら、見せてくれた。

 結局、その場面で私が顔を引き攣らせた時点で、素早く本を閉じて、続きは見せなくなったけれど。

 そこからは、また普段通りの日常に戻っていった。


(…………)


 美桜ちゃんとのそんな思い出はあったけれど、流石に今回のは、その時のをも超える衝撃的なことだった。


(どうしよう……。こんなのお母さんに言えないよ……)


 普段からお母さんに、美桜ちゃんと何して過ごしているかと聞かれたら、ゲームとか勉強って答えて誤魔化している。

 別に、間違ったことは言ってない。本当にゲームや宿題を一緒にやってたことはある。ゲーム……というかオタク文化全般に詳しくないお母さんも、ゲームならば万が一のことは起きないと考えているらしい。確かに、そういう場面に出くわす頻度は滅多にないけれど。

 ただ、今回のそれは、話が大きく違ってくる。

 美桜ちゃんが、もし、私に対してそういう感情を抱いているならば、私がそれに付き合ったとするならば、私と美桜ちゃんは恋人同士という関係になるだろう。

 そうなれば、より仲良くするために、この先も美桜ちゃんと頻繁に連絡のやり取りとかもしちゃうようになるかもしれない。

 そこでもし、私と美桜ちゃんが、実は付き合っているなんて発覚してしまったら……と考えたら、最悪の結末しかぎらない。


(……いや、そんなことよりも……)


 そもそも、私自身の気持ちは、どうなんだろう。

 美桜ちゃんも、まず一番気にしているのは、そこだろう。

 さっきの、美桜ちゃんとのキスは、あまりにも衝撃的過ぎて、正直言って何の実感も湧かなかった。

 後に残ったものは、ただ、私は美桜ちゃんにキスされたらしいという、単純で無味乾燥な事実だけだった。

 私は……私自身は、お母さんから強要された教養と、過干渉じみた過保護のおかげか、今まで一度も性犯罪に遭ったことはない。

 つまり、身も蓋もない言い方をすれば、私の親友のせいで、初めての性被害者になったということである。

 だけど、それで本当に良いのだろうか?

 相手は私の親友。嫌だったならもうしないと言ってくれている。それでも私は、私の親友を許さず、罰するべきなんだろうか?


「……ふぅー」


 究極の選択を突きつけられたみたいな事態に、つい溜め息が出てしまう。

 もし、お母さんやお父さんになんか相談した日には、即決で無情に最悪の展開を選ぶだろう。すぐさま迷わずこの事を、警察か学校か教育委員会か弁護士かに報告して、私の親友とその両親に謝罪させ、賠償金も要求して、二度と関わらないようにされるかもしれない。……いや、かもしれないじゃなくて、間違いなくされるだろう。そして、もしかしたら、私の名前はニュースに可哀想な被害者として晒され、私自身も保護施設に送られてしまうかもしれない。ついでに、美桜ちゃんと家族も加害者としてバッシングされ、一家共々路頭に迷う羽目になるだろう。


(……絶対に嫌すぎる)


 お母さんやお父さんがいくら、私を守るためと称して断固とした対応と説得をしようとも、そのたったの一件で私の親友の全てを全否定したくはない。

 私の親の、娘に対する愛情と、美桜ちゃんの親の、娘に対する愛情。

 どちらが正しくて、どちらが間違っていて、どちらが真の愛情と言えるのか。

 多分、どっちも正しくて、どっちも真の愛情で、そもそも優劣を付けられるものではないだろう。

 私からしたら、美桜ちゃんの両親の方が、温かくて優しくておおらかで断然羨ましい。し、その美桜ちゃんが、私にとっては心の支えになっているから、大好きだ。

 そういう面で言えば、私のお母さんやお父さんは、正直苦手である。私の将来の心配ばかりが時折滲み出ていて、息が詰まりそうになる。


「……んー」


 だとするならば、私のしたいこと、しなきゃならないことは、一つだろう。


(今日の放課後にでも、美桜ちゃんともう一度、話してみよう)


 メールとかの文字だけじゃ足りない。私の身体も関わっているから。

 それに、こんな相談、学校なんかじゃ怖くて絶対にできない。

 安心してできるとすれば、美桜ちゃんの部屋くらいだろう。


(うん……よし!)


 心に決めた私は、いよいよこの事を両親に打ち明けない覚悟を決めた。

 そうして時は過ぎ、授業が終わって次の休み時間。


「……ねえ、果歩」


 美桜ちゃんがいつものように私の所に来た。

 でも、表情が暗い。気まずさがまだ消えなくて、申し訳なさそうに顔が歪んでいる。


「あの……さ……。その……さっきは、ごめんね。あたし、つい出来心で……」

「いや、ううん。……大丈夫。……別に、怒ったりとか、してないから」

「ほんとに? ……でも、……その、……き、気持ち悪……かったでしょ?」

「…………。気持ち、悪かったっていうか、……その、よく、分からなかったから」

「……そっか」

「……あ、あの……さ、み、美桜、ちゃん」

「……なに? どうかした?」

「……今日、学校、終わったら、美桜ちゃんちに、行っても、いい、かな?」

「! う、うん。分かった。じゃあ……また、放課後にね」

「……うん」


 そのやり取りをして、美桜ちゃんは踵を返し自分の席に戻っていった。

 とりあえず、美桜ちゃんの部屋に行く約束は取り付けた。少なくとも、これでまだ、親友である絆は失われずに保たれた……と思う。後は、学校が終わるのを待つだけだ。話は、またそれからだ。


(……それにしても)


 自分でやって、そこまで後悔するならば、最初やらなかったらよかったんじゃないかと、美桜ちゃんに対して思う。

 それでも、我慢できなかったのかな? たまに好奇心につられて後先考えず衝動的に行動することは、美桜ちゃんには珍しく無かったりするけれど。その結果がどうなっても、大体はあっけらかんとしていたり、愚痴りながら最後には笑っていたりしてた。

 けど、今回のことに限っては、いつもみたいにできなかったようだ。


(…………)


 美桜ちゃんの席に顔を向けてみれば、他の仲の良い子達に話しかけられていた。

 多分、さっきの私とのやり取りの不穏さを訊かれているんだろう。美桜ちゃんは、困ったような笑みを浮かべながら返事している。周りの子達まで、そこまで深刻そうにしていないのを見るに、うまく誤魔化したのかな? と考える。

 次の瞬間には、その子達のうちの一人が新しい話題を持ちかけてきた。そこからはもう、美桜ちゃんは普段通りに振る舞っている。こんな時になっても、相変わらず器用な子だなあ、と遠くから見て思う。

 いつまでも美桜ちゃんをじろじろ観察しているわけにもいかないので、視線を外す。

 これから一人、どうして過ごそうかと悩んだけれど、どうする気にもならずに机に突っ伏して寝ることにした。

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