変わり始めた私
一時間目が終わった休み時間。
教科書を仕舞ってから美桜ちゃんの席を見ると、もうさっちゃんと結さんと三人で集まって、何やら話してた。
その光景自体は今までも見てきたし、何も変わってはいないのだけど……。
(はぁ……)
むしろ、変わったのは私の方だ。
今朝から本格的に美桜ちゃんの友達と自己紹介したり少しだけ話をするようになったことで、もう遠くから眺めていただけの関係には戻れなくなった気がする。
どうしよう。正直、あちら側に行くのは怖くて、躊躇ってしまう。
今の自分がまだ不安に苛まれているのなら、美桜ちゃんの言う通りに味方を増やした方が良いのかもしれない。ただ、それだけの資格が私にあるのか。私はちゃんと、あそこで楽しめるようになれるのか。そっちの不安も生じてきて、臆病な自分と板挟みになる。
……なんて思ってたら、痺れを切らしたのか向こうの方からチラチラと横目で視線を向けてくるようになった。
(うぅ……)
可愛い顔して流し目で見られて、不意にドキッとしてしまう。美桜ちゃんに至っては、笑って手招きしているし……。
(……あーもう!)
そこまでされたら、行かないわけにはいかないじゃん!
だから、渋々といった感じで椅子を引き、ズンズンと両腕両足に力を入れながら美桜ちゃんグループに進行していった。
「なに?」
で、開口一番にご挨拶をした。
「いやー、ちょうどアタシ達果歩ちゃんのこと話しててさー」
「果歩ちゃんって、実際どんな娘なんだろうって気になってね?」
「もうせっかくだから、本人呼んじゃおっかってなってたとこ」
結さんはニヤニヤと、さっちゃんはニコニコと、美桜ちゃんはニマニマと、三者三様の一部気持ち悪い笑みを浮かべて白々しく言ってきた。
「……で、その結果、チラチラと私を見ることで誘ってきたわけですか」
おかげさまで心中穏やかじゃないままホイホイとやって来たわけなんだけど。とジト目で暗に含みながら嫌味を言う。
「そうそう! いやー来るかなどうかなぁって思ってたけど、来てくれて良かったわ」
「ね。少なくとも嫌われたわけじゃなくて安心したー」
「えらいぞー果歩! よく頑張った!」
「はぁ……」
まあ、嫌う理由は特にないんだけど。
そりゃあ私だって、できることなら仲良くなりたいし和気あいあいとした空気の中には入りたい。でも、その方法が分からない。美桜ちゃんの場合は、そっちから距離を縮めてきてくれたおかげで、私は甘んじて受けるだけでよかったけれど。それに甘えてきたせいか、逆の立場からのアプローチをかける術が、私には見つからない。
不安のあまり、言葉が出ない。言葉が出なくて、気まずくなって、逃げ出したくなってしまう。そうなったらいよいよ嫌われたと思われてしまうから、立ち竦むことしかできない。未熟過ぎて、空回りしそうになる自分が、たまらなく嫌になる。
「とりあえずさ、立ちっぱじゃなんだし座ったら?」
と結さんが言って、近くの空いている机を引っ張り出して勧めてきた。椅子じゃないのか。
「あ、うん。ありがとう……。でもこれ、確か男子の机じゃあ……」
相変わらず具体的に誰なのか名前は思い出せないけど、普段見てる位置関係からしてそこに男子がいたのは間違いなかった。
どうしよう。同性のでも勝手に尻なんかを乗っけていいのか気にしちゃうのに、ましてや異性のなんて、本当に大丈夫なんだろうか?
「だーいじょーぶだって。自分のを女子に座られて嫌がるような男子はいないって」
「えぇ……。そういう、もの?」
「そういうもの。女の子なんだし、それくらい強気で無敵になっていいの」
そうなのかなぁ? 結さんは自信満々で言い切ってるけど。そう考えたら……それはそれで何か嫌だなと思ってしまう。
「さあ、ほーら」
「うぅ……」
とはいえ、結さんに無垢な笑顔で勧められたら断れなくて、結局私は座ってしまった。やっぱり押しに弱いな、私。
そうして私は、他の三人が普通に椅子に座る中で、一人だけ高い席に鎮座し、皆を見下ろす形となった。
「さて! では今日の主役がやって来たところで、さっそく果歩ちゃん歓迎会を始めたいと思います」
と、音頭を取ったのは美桜ちゃんだ。他の二人も「わー」と言いながら、私のことを見上げてパチパチ拍手している。
「本来ならここにジュースとかお菓子とかも揃えたいところだけど、生憎校則でお菓子類の持ち込みは禁止されているから、思い思いの想像にお任せしまーす」
「はいはーい! じゃあ、えっとねー……山盛りのプリンきぼー!」
「えー、結ちゃんそれでいいのー?」
「むっ、そういう咲は何にするのー?」
「わたしはねぇ……せっかくだから、巨大なフルーツタルトとかー、チーズケーキにモンブラン、ティラミスなんかもつけちゃおっかなー」
「あー! いいなーそれもいいなー。ねぇアタシにも分けてー! アタシの卵とミルクたっぷりの濃厚プリン分けてあげるからー!」
「ふふっ、いいよー。じゃあ半分こ♡」
「やったー」
「あははっ。じゃあ飲み物は紅茶にしてティーパーティーかな?」
いやいや、絶対それこの四人の輪の中にも、お腹にも収まりきらないでしょ。ってか、休み時間って十分しかないのに、絶対ほとんど食べ切れないで終わっちゃうし。
……なんて思っちゃう私って、やっぱズレているのかな? 別に想像なんだし、背景のまま終わらせてもいいのに。
「果歩ちゃんは、何にするの?」
「えっ。えっとぉ……」
やばい。
自由過ぎる結さんとさっちゃんの発想に高みの見物をしていたら、二人と美桜ちゃんに上目遣いされながら、結さんに注文を尋ねられた。
どうしよう。粗方のおやつはもう充分に出尽くしてしまった気がする。ならば、あと何か足りないものを言うしかなさそうだ。何かないか何か……。
「何でもいいんだよ。果歩ちゃんの好きなものを教えて」
と、さっちゃんは優しく言ってくれるけど、好きなものと聞いて思い浮かぶものは……あっ。
「……じゃあ、ホイップクリームとか、メイプルシロップとか、キャラメルソースがいいな。ほら、いくらいっぱいあっても、同じ味だけじゃ飽きちゃうだろうし」
「おぉ、なるほどー」
「あーいいね。それ」
どうよ。素の味も捨てがたいけど、どうせならトッピング山盛りのほうが私は贅沢に感じられる。
「確かにね。それなら、掛け合いっこもして色々楽しめそう」
「えっ、いや美桜ちゃん!? 私はそんなつもりで言ったんじゃ……」
「まさかそこまで想定するなんて……やりますね、果歩さん」
「いやいや、だから別にそこまで考えてたわけじゃ……」
「案外中々の策士ですな、果歩さん」
「あーもう! だーかーらー違うのにー!」
変な想像した美桜ちゃんに続いて、さっちゃん、結さんまで便乗してくる。両腕と両足をバタバタさせながら必死に弁明するけれど、三人とも止まってくれずに言いたい放題だった。直後に、含み笑いが漏れて一頻り弾けるまでは。
「あっははは! いやー面白くてカワイイね! 果歩ちゃん」
「でしょ? なかなかからかい甲斐がある子だよ果歩は」
「さすが、みっちゃんの親友って感じだわ……」
「うぅ〜……」
結さんに笑われながら、美桜ちゃんにぶっちゃけられながら、さっちゃんに微笑まれながらも好意的に見てくれるのは、なんだか不本意だけど嬉しくもあって、複雑な気分だった。
でも、そんな賑やかさも私には新鮮で、受け入れられているような温かさはありがたかった。
「え、じゃあさ。もっと訊いてもいい?」
と、結さんが無邪気な好奇心で尋ねてきた。
「えっうん。……私に答えられることならば」
「好きな人のタイプは?」
「えっと……私に優しくしてくれて、守ってくれる人……かな?」
この質問をした時、美桜ちゃんが私に興味津々な眼差しを向けてたけど、私の答えを聞いてうんうんと何か納得していた。
「ふーん……じゃあ、もし好きな人とデートするってなった場合は、どうする?」
「どうする……って?」
「例えば、果歩ちゃんの行きたい場所があるとか、それとも相手に合わせちゃう派か、とか」
「あー……じゃあ、まずはその人の家に行ってみたいかも。好きな本とか物とか、部屋の様子とかみて一旦その人らしさを把握したいかも」
「えっ……じゃあ果歩、水族館とか遊園地とかは、好きじゃないの?」
あ……。そうだった。
つい、知り合ったばかりの相手からの質問という意識が働いて、具体的な“好きな人”を思い浮かべずに話してしまった。でも、この人達は美桜ちゃんの友達で、襲ったことも告白したことも色々と打ち明けているんだった。
「あ……いや、別に好きじゃないわけじゃない、よ。そうだね。じゃあ今度、どこかに行ってみようよ!」
「……ん、分かった」
美桜ちゃんは、顔を赤らめながら頷いた。
本音を言えば、水族館にも遊園地にも、あまり行ったことがないから、うまく存分に楽しめるか分からないでいる。
だけど、デートをするからにはやっぱりそれくらい遠出をしないと特別感がないし、何より昨日妄想していたような待ち合わせのドキドキすらも味わえない。
本当はできるなら、“一緒に行けるならば何処でもいい”くらいのことを感じれるようになりたいけど、親友とはいえ恋人未満なところがあるから、まだその段階にはいけてない。いつか、私にもそう思える日は来るのかな?
「なるほどなるほど。果歩ちゃんは相手に合わせるタイプ……と。じゃあ、果歩ちゃんに次の質問!」
「っはい!?」
「ずばり、好きな服装は?」
「えっ……えっとぉ」
「パンツスタイル派? スカート派? 丈の長さは?」
「……じゃあ、スカート派、ミニ」
「それって、自分が着る方? 相手が着る方?」
「……ど、どっちも」
実際には、自分はまだミニスカートは持ってないんだけど、いつか履けるようになったら履いてみたいと思う。ある意味ケジメとして。
「靴下の長さは? ニーソックス? ハイソックス? 普通のソックス? それともタイツ派?」
「えっと……それだと、タイツ以外」
「へ〜タイツそんな好きじゃないんだ? 生脚拝みたい方?」
「いや、その……うん」
そりゃあ、恥を承知で正直に言ってしまえば、生脚は綺麗だし見ていたい。あれ? ってか、なんだか話の流れが変なふうに向かっていっているような……。
「あとは? フリフリとか好き? それともガーリーな感じが好み? フェミニンはタイプ?」
「えっと、えっと……」
「わかりづらいなら、そうだな……。果穂ちゃんは、メイドさん、ロリ、ナース、お姉さん、ギャル、とかだったら、どれがいい?」
「えと……メイドさん、かロリ……」
「清楚系か小悪魔系かダウナー系かツンデレ系だったら?」
「……清楚系」
「好きな性癖とかは?」
「待って待ってまってまって!」
そういうの絶対、教室で話していいことじゃない!
しかも私達まだ中学生なのに、こんな話題を先生に聞かれたら怒られちゃうよ!
「えーなに? 今いいとこだったのに」
「いやいやイヤイヤ、おかしいでしょ! どさくさに紛れてなに訊いてんのさ!」
「なにって、だから果歩ちゃんの好きなタイプについて訊いてたんだけど。ねえ咲? みっちゃん?」
「う、うん。まあ……ね。ちょっと初めての人に対して踏み込み過ぎかなーとは思ったけど」
「そうだよ。まだそれは果歩自身も分かってないことかもしれないし、無理にそこまで聞き出そうとしなくていいよ」
「あ……そっか。ごめん、果歩ちゃん」
「あ、いや、別に……」
なんだろう。私に対して優しくフォローしてくれたのは嬉しいけど、二人の言う事をすんなり聞いて謝られたのはありがたいけど、急な温度変化に頭が付いてこれない。
それに、なんだか二人の口ぶりからして、性癖の話題そのものは既に経験したことがあるような雰囲気がする。美桜ちゃんはともかく、穏やかで優しくて純情そうな女の子のさっちゃんまでも。
あれ? もしかして……。この中で遅れてるの、やっぱり私だけ?




