速報 台風2号「グループ」が発生
「美桜ちゃん!」
やがて朝の会が終わり、先生が教室から出た後で、私はさっきの首謀者に文句を言わせてもらった。
「やあ果歩! 元気いいな。何かいいことでもあったのかい?」
例によって、私が好きな某物語も元はといえば美桜ちゃんが勧めてきてくれたものだ。当然、内容を熟知している美桜ちゃんは、今朝の私の台詞を聞いた上で同じ作品から別の常套句を放ってきた。
「っ! あのさ! 私を自分の席で抱きかかえるのはいいけど、何も先生が来てからも続けることはないじゃない!」
「まあまあ、別に一回くらい良いじゃん。結果的に何事も無かったわけだし」
いやいやいや、そうはならなかったでしょ。ヘラヘラして言い訳しないでよ。どう考えても悪いのはそっちの方じゃん。
「どこが? 何事も無かったのは先生も他の皆も見逃してくれてたからじゃん! それってつまり、何事か起きてはいたようなものじゃん!」
「えー何? じゃあ果歩は何に対して怒っているの? 周りに気を遣わせたこと? 自分が恥をかいたこと?」
「それはっ……どっちもだよ!」
「ふーん? だったら果歩は、せっかく見逃してくれた先生や他の皆の温情を無碍にするの? それとも、独りよがりな感情に囚われてさらに憤るつもりなの? そんなことして、何がどうなるって言うのさ」
「どうなるって……」
ダメだ。どうにか反論したくて“どっちも”って言ったけど、どっちにしても逆方面からの正論で言い返された。どう考えてもとは思ったけど、実際には何も考えてなかったと自分の浅はかさに気づきそうになってしまう。このままじゃ悔しいから、今度こそ頭を回そうとしてみる。
「……表面上では見逃していても、内心はどう思っているか分からないじゃん? 可哀想なやつとか変なやつとか思われてたり」
「仮にそう思われたとしても、それを真に受けて気に揉む必要なんかないじゃん。ましてや一人一人に事情聴取して確認したわけでもないし、だったらそれはただの被害妄想に過ぎないんだよ? そんなの、別に気にしなければ済む話じゃん」
「いや、そうは言っても……ほら、皆にお騒がせした迷惑とか良心の呵責とか罪悪感とか、モヤモヤするものはあるじゃん」
「じゃあ逆に訊くけど、あんたは同じように、朝の会になって先生が来たあとで、例えば遅刻とかして来て一人萎縮しながら自分の席に向かう人に対しても、迷惑とか可哀想とか変なやつとか思うわけ? もしくはだらしがないとかズルいとか思って見下すわけ?」
「そんなことっ……ないよ。……まあ、変な動きしてるから見ちゃうかもしれないけど、そこまで酷いことは思わないよ。せいぜい、寝坊しちゃったのかな? とかしょうがないなって、思うくらいで……」
「でしょ? つまりあんたは、たとえ罪悪感とかモヤモヤしている気持ちを汲んで、真面目にきちんと注意して叱責してくれる人が現れたとしても、結局は許容すらしてくれない相手に、息苦しさと愚痴を募らせるだけで何も助かりはしないってことよ。だったら、素直に皆が見逃してくれたという事実を受け止めて、精々“すみません”の態度くらいは伝えて、後腐れなく水に流して気持ちを切り替えて苦笑いでもしたほうが、一番平和的で建設的な解決方法ってなもんよ。果歩も、そうなったほうが助かるんでしょ?」
「ま、まあ……そりゃあ……」
「だったら、なおさらそうするべきなんだよ。皆が見逃してくれたという事実を受け止めたうえで、前向きに生きていけばいいんだよ。誰も、責め立てて反省して落ち込み続けることなんか望んでない。なのに、他でもない自分がそんなふうに考えたりなんかしたら、それこそ皆に失礼だし、嫌われるし、逆効果にしかならないよ」
「う、うん……」
言われてみれば、確かにそうかも。私は、つい気まずさから逃れるために勝手に悩んで落ち込んでいたけれど、皆がそれを求めてないなら、別に自責の念に駆られて罰する必要なんてないんだ。どうしても、皆と違う、間違ったことをしたら反省しなければならないという強迫観念に駆られてしまうし、それが正しい在り方だと思い込みがちだけど、そもそも前提からして的外れだったらしい。
「だからさ、このくらいのおふざけは楽しめるようになろうよ。知ってるかもだけど、あたし達のグループは割と皆はっちゃけてるし、いちいち気にしてたらやってらんないよ?」
「…………」
うん、知ってる。
私といる時の美桜ちゃんは、普通に会話したりちょっかいをかけられたり、大人しく漫画を読み合ったりゲームで燥いだり動画で笑い合ったりしてたくらいだけど、学校で、仲の良い友達といる時の美桜ちゃんのは、ちょっと違う。
時折、変な話題で盛り上がっていたり過剰なスキンシップをしあってたり、騒がしく変な事をし合ったり近くの誰かしらをも巻き込んでふざけ合ったりしてたくらいだった。
それでも皆、迷惑がられてはいなかったし、むしろ楽しげで私も興味をそそられていた。いくら親友がいるとはいえ、混ざるのはちょっと怖かったからいつも見ているだけだったけど。
でも、今日からはそうも言ってられない。
美桜ちゃんがどういうつもりなのかは分からないけれど、美桜ちゃんの友達にちゃんと紹介された以上、私もああいうノリに付き合えるような精神を持たないといけない。
なんだか、ものは言いようで良いように誑かされた感も無いわけじゃないけど、これも所謂、要領のいい生き方ってやつだろうか。その自由さには憧れていた反面、諦めてもいたけれど、果たして私は本当にできるようになるのか……。
「おーす、何の話ししてたのー?」
「あ、ゆい! 今ちょうど果歩に世の中を楽しく生きる方法を教えてたとこ」
と話し込んでたら、席の向こうから長髪の明るい子……確か結さんが事もなげに混ざってきた。
「あーなるほど。して、成果は?」
「うーん……まだ分かんね。大丈夫だとは思うけど、まだこれからってとこかな」
「そっかー。んじゃあ、これから頑張るしかないね。ねえ果歩ちゃん?」
「うえっ?」
しまった。結さんと美桜ちゃんだけの話かと思って気を緩ませていたら、唐突に私に振られてきた!
「大丈夫だいじょーぶ。最初は傍で眺めてツッコミ入れてるだけでもいいし、ちょっとずつ手ぇ出していけばすぐに慣れるから!」
「う、うん……」
本当に大丈夫なのかな? 怖いことにならなければいいけど。
「まーでも、いつかこういう日が来たらいいなとは思っていたけど、よくこの箱入り娘を引っ張り出して来たね? みっちゃん」
「まあね。正直今でも不安が拭い切れてるわけじゃないけど、割と適応力はある子だし、面白い発想する子だし、思い切って連れ出してみた」
「そっか。“無理させるのも悪い”と思っていた頃から、一歩踏み出してみたわけですか」
「そうそう。偉いでしょあたし」
「うん。偉い偉い!」
あ、やっぱりそうだったんだ。
放課後とか休みの日はよく二人で遊んでいる私達だけど、学校で私が一人で本を読んだりスマホ弄ったりしていても、美桜ちゃんが呼んで誘ってくることは無かった。
私が人見知りで、ましてや悪ノリ集団になんて濃すぎるメンバーに私みたいな没個性人間が混ろうものなら、あっという間にうんうんと永遠に相槌を打つだけのオブジェになって、段々と空気になって、終いには風となりて散りゆく運命だと思っていた。そうしていつしか幻の存在となり、特定のイベントでしか出会えないような希少なキャラとして扱われると思ってた。
……まあ、大体そういうキャラって、マニアックなやり込み勢しか注目しないものだけどね。easyモードを希望するプレイヤーは、そんな面倒くさくてわけの分からない奴は眼中にない。
美桜ちゃんも……そこまでは考えてなかったかもしれないけど、概ね同意見だったのだろう。故に私は、美桜ちゃんグループから見た私の存在は、結さんに“箱入り娘”と揶揄されるほどにまで放置されてきたのだった。
「ってなわけで、果歩ちゃん。改めてよろしくな。せいぜいウチらを楽しませてくれよぉ? なぁんて! ははっ」
「が、頑張ります……」
で、それが今では、非正規なやり方も非常識な遊び方も嗜もうとする美桜ちゃんに連れられる形で、晴れて私は美桜ちゃんグループの仲間に加わった。隠しキャラにしてはステータスがイマイチかもしれないけど、頑張って成長して、型落ちキャラにならないようにしたいな。
「じゃあ早速、新入りの果歩ちゃんに質問しちゃおっかなー?」
「は、はいっ」
い、いったい、何を訊かれるんだろう? どうしよう、素直に答えていいのか、楽しませられるようボケたほうがいいのか
「ってwそう畏まって硬くならなくていいってば。素直に答えてくれればいいからさ」
「あ……うん」
なんだ。それならいくらか気が楽だ。
「じゃあまずは……みっちゃんのこと、今でも好き?」
「えっ……うん。好き、だよ?」
「ふーん。具体的にどんなところが?」
「えっと……優しいし、一緒にいて楽しいし、落ち着くところ……かな?」
「みっちゃん、変態的な所もあるけれど、大丈夫?」
「……だいじょうぶ、だよ? 別に、そんなに酷いことされてるわけじゃないし」
「昨日、みっちゃんにキ、襲われたらしいけど?」
「うええ!? だ、誰からそんな話が?」
「みっちゃん」
「美桜ちゃん!」
あんなにコソコソやっておいて、なんでもう出回っているのかと思ったら自分から打ち明けてたんかい!
「いやだって、あれから気まずくなっちゃったし、せめて友達に相談くらいしたいじゃん?」
「なにそれ? じゃあ皆にもうバレたのは私のせいって言いたいわけ?」
「いやいや、そこまでは言ってないよ! むしろ、悪いのはあたしだって分かっているからこそ、どうしたらいいのか分からなくなってさ」
「だったら、前もって私に、友達にも相談していいかって訊けばよかったじゃん!」
「じゃあ果歩は、訊いたら許可してくれたわけ?」
「それは……した、よ」
「本当?」
「本当!」
売り言葉に買い言葉で発したものの、ここで許可しなかったって言ったら尚更相談する意味がなくなってしまうし、あの時は私でもどうすればいいのか分からなかった。結局は自己解決したけれど、もし自分に他に友達がいたら、相談したかもしれないし、その時美桜ちゃんに事前に連絡できたかも怪しい。そう考えれば、もはや美桜ちゃんを責めることはできなくなってしまった。
「…………」
「…………」
「はいはい。痴話喧嘩はそれくらいにして、結局襲われたことに関しては平気だったの?」
「あっ……うん。別に、嫌だとは思わなかったし、大丈夫……だったよ?」
「ふーん……むしろ、気持ちいいと感じたりは?」
「えっ……いや、それは、その……。は、初めての、ことだったし、よく、分からなかった、から……」
「あーなるほどね」
「…………」
ってか、なんでそんなこと訊くんだろう? あんなことを思い出して、わざわざ言葉で伝えなきゃいけないことに、顔中が熱くなってしまう。
「じゃあ、最後の質問! 今履いているパンツの色は?」
「うええ!? そ、そんなのここで答えられるわけないでしょお?」
「そう? ちなみにアタシはピンクだけど」
「いやいや、言わなくていいから!」
全くもう! どうしてそんな話が、しかもこともなげに堂々とできるの? 周りの男子たちにも聞こえちゃっているじゃん!
「うん、なるほどなるほど」
「なるほどってなにさ?」
「いや、確かにそっち方面は初心っぽいけど、襲われたことを嫌だと思わなかったあたり、これから面白くなりそうではあるね」
「でしょ? だからこそ連れてきて、そういう方面ももっと楽しめるように調教したいなって思ったの」
「ちょうきょっ!? ……美桜ちゃん?」
え、私、そんな理由で連れてこられたの? ドン引きなんですけど?
「えーでも、果歩はお母さんのこととか嫌がってたじゃん。だったら、あたしらの仲に加わって、徹底的に楽しくやったほうがいいかなって。あたしと遊ぶのもいいけど、やっぱり味方は多い方が安心できるし安定もするかなって」
「それは……そうかも知れないけど」
その案は、前にも二人だけで遊んでいる時に美桜ちゃんから提示されていた。結局、私が『心の準備ができない』といって流れたけれど。
そして、現に今も、一人になった時とか、性的な部分がある物事を楽しむことと世間のギャップに、迷いと罪悪感を抱いてしまっていることがある。
美桜ちゃんや、美桜ちゃんの勧める漫画やアニメだけじゃ足りないのならば、実際に数人の友達とも付き合って、より肌身に感じて安心したほうが良いという案も一理あるように思う。……調教がどうとかその辺のことは置いておいて。
「でしょ? だからさ、これからはあたしの友達とも仲良くしたげてよ、果歩」
「う、うん……」
「よし決まり!」
キーンコーンカーンコーン。
「っと! じゃあ、続きは次の休み時間に!」
「うん! またねーみっちゃん、果歩ちゃん!」
「う、うん。また……」
チャイムが鳴ったことで、私達は一時的に美桜ちゃんの席から解散した。
なし崩し的に、半ば強引に、一癖も二癖もありそうな美桜ちゃんグループと関わっていくことになった私。
昨日もそうだったけれど、今日も今日とて、新たな波乱が待ち受けている予感がビンビンだった。




