恋人のモノにされた私
やがて学校に着いた後、私がどうなったかといえば……。
「おはよーみっちゃん!」
「おはよーさっちゃん!」
「…………」
完全に私は、美桜ちゃんの人形……いやむしろ、ぬいぐるみになっていた。それも美桜ちゃんの席で。
「あれ? 今日は果歩さんそこにいるんだね?」
「そうなの。たまにはここで果歩を抱いてみたいなーって思って」
美桜ちゃんの友達の一人……名前は思い出せないけど、肩に軽く掛けているおさげ髪の子が、私の後ろで抱いている人に向けて今日初めての会話を交わす。
美桜ちゃんの言うことは、間違っていない。
適当言って私が望んでここに鎮座しているとは言われなかっただけありがたいとは思うが、それでも気まずさは変わりはしない。私は美桜ちゃんの親友でいさせてもらっているけど、美桜ちゃんの友達とはそこまで近しい関係にない。というか、ぶっちゃけ良くは知らない。それもこれも、私が基本的に人付き合い苦手で、一人の方が落ち着くタイプの陰の者だからなんだが。
「おはよ、果歩さん。何だかんだでちゃんと話すのは初めてだね」
「あ、うん……おはよ。……えっと」
「咲だよ。坂上咲」
「あっ……あり、がとう。咲さん」
「どういたしましてー」
にっこりと微笑んで、咲さんは緩い返事をしてくれた。
おっとりしてて可愛くて親切で、とても良い子だ。こんなに細くてスラッとしてる子も、美桜ちゃんの友達なんだと思うと正直意外だ。
「というか、本当に珍しいよね。珍しいというか初めてでしょ。果歩さんがそこに座るの」
「う、うん。そうだね……」
「ひょっとしてアレ? いつまでも一人で居ないで、たまには人付き合いもしてみなさいっていうみっちゃんの過保護? 今まで甘やかしてたのを改めたみっちゃんなりの教育方針?」
咲さんが、私から視線を外して後ろにいる美桜ちゃんに問いかける。
「んーまあ、それもあるっちゃあるけどー……」
「じゃあ、一番の本音は?」
「果歩が困って慌てているところを眺めたくなったから」
「うえぇ!?」
えっ、何? 私そんな理由でここに縛り付けられているの? 何も禄に聞かされないまま、美桜ちゃんに促されるまま抱っこされてここに座らされないわけだけど、それは私への思いやりとかじゃなく単に私で愉悦するのが主だったってコト!? ひどいよ美桜ちゃん! さっきは『あたしのことだけ見ててよ』って自分で言ってきたのに!
って、そんな赤裸々な文句を声に出して言えるわけもないので、せめてびっくりして振り返ったついでに、むむむ〜と抗議の目で念じてやった。
「ふふっ」
美桜ちゃんには効果がないようだ。
ただ、ニヤっと笑われただけで流された。
「まあそういうわけだからさ。今日は果歩と話してあげてよ」
「ん、分かった。わたしも気になってたしね。美桜ちゃんのお気に入りの子がどんな子なのか」
えっ、なに? どゆこと? 美桜ちゃん、周りの子達に私のことどんな紹介しているの?
「じゃあ、果歩さん。早速だけど、これからはか……果歩ちゃんって呼んでいいかな?」
色々疑問と不安はあったけど、まず最初に訊かれたのは、あだ名……というかちゃん付け呼びについてだった。まあ、それくらいならどうということもない。
「う、うん。いいよ?」
「ありがとう。最初は“かっちゃん”って呼ぼうとしたけれど、なんか違う気がするしねw」
「あー、まあ確かに」
なんかカチャカチャしてそうだし、何なら、
「思ったことあるなら言っちゃいなよ、果歩」
「ひぅ!?」
突然、何かを見透かしたのか背後から美桜ちゃんが告げ口してきて、ビクってしてしまった。
「え? 何か考えてたの? 果歩ちゃん」
「えっ、あ、いやその……。か、“かっちゃん”って、お、男の子に対する呼び方みたいだなーって」
「あー。“かつき”とか“かつよし”みたいな?」
「……うん」
「そうだね、わたしも思った。何か、そういう名前の幼馴染みに対して言っているみたいだなーって」
「……え、ちなみに咲さんは……」
「“さっちゃん”でいいよ。みっちゃんと同じくね」
こっちもあだ名呼びしろとですか!? まあ、この人からしたらそれが普通なのかもしれないけど。
「……さ、さっちゃん……は……」
「ん? なあに?」
まだ何も言ってないけど、微笑みながら優しく促してくれる。下で結んだおさげも揺れて笑顔も可愛くて、ほのかにいい香りもして、柔らかい雰囲気が全身から漂って、なんだか自然と緊張が解れて、絆されそうにもなってくる。
「その……お、幼馴染みの子とか、いたりするの?」
「いるよ。小学校からの友達が」
「あ、やっぱいるんだ……」
「“やっぱ”って?」
「えっ、あ、いやそのっ……さ、咲さ……」
「“さっちゃん”」
「……さっちゃんって、その……なんか、穏やかそうで、面倒見もよさそうだから、てっきり、そういう人とかいるのかなーって」
意外と詰めてくる人なんだな。と思ったけど、そうやって言葉尻をとらえてくるところまで含めて、なんだか私が最近ハマっている某物語の、初期のあの娘みたいだ。髪は編んでないし眼鏡もしてないけど。
「あー。まあ確かに、みっちゃんのグループのだと、一歩引いた目線でいることは多いね」
「それって、俯瞰的に見てるってこと?」
「そうそうそれそれ! 果歩ちゃんって意外と物知りさんなんだね!」
「いや……でも、“なんでもは知らないよ。知ってることだけ”……」
って、そのセリフを私が言うんかい! よりにもよって! しかもさっちゃん、“意外と”とか口走った辺りもしかして、この美少女具合で意外と毒舌系かよ! うっかりキュンってクるわ!
「? うん。そりゃあそうでしょ。さすがになんでも知っている人なんていないってw」
おまけに天然属性もありそうだ! 天然らしくきょとんと真顔な返しをされた後に、からかうようにクスッと笑われた! これは危ない。美桜ちゃんがドMに目覚めてしまった一端を理解できそうな気までしてしまう。
時計に目をやると、そろそろ始業のチャイムが鳴りそうな時刻まで差し掛かっているものの、まだ鳴らないままでいる。ここで会話を途切れさすのも気まずいし、今新たに気になっていることに話を戻させる。
「……で、結局その幼馴染みって、どういう子なの?」
「んー一言で言うなら、元気で明るくて可愛い子だよ。っていうか、もうそろそろ来るはず……」
「おはよー! さっちゃん! みっちゃん!」
噂をすれば、横から元気で明るいアニメ声を上げながら、腰まで伸ばしたロングヘアーの子が笑顔でやってきた。
「あっ……」
「おはよー!」
「おはー!」
「お? 今日は珍しい子がいるね?」
挨拶もそこそこに、挨拶し損ねた私へと、まだ名前も思い出せない女の子が注目してくる。
「そうなの。今日はみっちゃんが果歩ちゃんも混ぜたくて連れてきたみたい」
「え、なに? とうとうみっちゃんが箱入り娘を連れ出して来たわけ?」
さっちゃんの解説を聞いたその幼馴染みの子も、似たり寄ったりな発想を率直に言ってきた。てか、箱入り娘て……まあ間違いではないけれど。
「っていうより、お気に入りの玩具を持ち出してきたって感じかな? みっちゃん、今日はこの子と遊んであげてほしいんだって」
「ふーん……」
さっちゃんの詳細を受けたその幼馴染みの子が、それを聞くなり興味深そうに私を見てくる。てか、玩具て……。さっきから私に対して言いたい放題過ぎるんだが。
まあでも、今まで私が人見知りしてきたせいで、ずっと美桜ちゃんグループに交わらないでいたのは事実だし、実質今日が初絡みみたいなものだ。ここは新参者として、ちゃんと挨拶しないと……。
「あ、ドモ……」
「そっか。じゃあよろしくね、果歩ちゃん! あたしは広崎結!」
「あ、うん……篠崎、果歩……です」
キーンコーンカーンコーン……。
「っとやべ! じゃあまたね果歩ちゃん!」
「あ、うん、また……」
ちょうどギリギリのところでとうとうチャイムが鳴り出した。各地に散っていた皆が慌ただしく自分の席に戻る中、まだ鞄すらも置いてなかった結ちゃんも慌ててこの場を後にした。一方で、さっちゃんはスッと離れてスタスタと落ち着いて歩いて自分の席に着く。
こんなんでも、性格の違いが出るもんだなと感心するのと同時に、教室の扉がガラガラと開け放たれ、担任の先生が入って来た。
「はーい、朝の会を始めるぞー!」
と気だるそうな大声で宣言しながら、中年おじさん風の新田先生が教卓へ向かってまっすぐ歩いていく。
「……ねえ、美桜ちゃん」
「ん? なあに? 果歩」
なあに? じゃないよとぼけないで! 嫌な予感しかしないから!
「先生が朝の会始めるって」
「うん、そうだね」
「……私も自分の席に戻らないと」
「うん、そうだね」
「……あの、だから」
「ん? なあに? 果歩」
だから! なあに? じゃないって! なんでここで会話が無限ループするの? 正しい選択肢はどれなの?
「……そろそろ離してくれないかな?」
「うん、そうだね」
「…………」
「でも、もう少しだけこうしていようか」
「えっ」
まさかとは思ったけど、いつの間にか美桜ちゃんのイジワルが発動していた! どうしよう……まずいよ、このままじゃ……っ!
「あれー? 篠崎は今日は休みかー?」
ほらやっぱりこうなるー!
「はーい。篠崎ならここにいまーす」
なんで! ここで! わざわざ手を挙げてまでアピールするの美桜ちゃん!
「……いるのなら離してあげなさい」
「はーい」
流石に先生の言うことには逆らえなかったのか、ここに来てやっと美桜ちゃんは、渋々といった感じで私を腕の中から解放してくれた。
まったくもう! 皆に変な目で見られて先生に注意されてどうするのさ! 少しは恥ずかしくて気まずい思いをした私の身にもなってよもう!
「はい。じゃあ早速、まずは連絡事項から」
結局、何事もなかったかのように先生は朝の会を続行させたものの、変に気遣われて気にせず流した感しかしなかった私は、逆にとても気が気でなかった。




