故意の行為と恋の好意が交差した濃い一日を終えて
何だかんだはあったけど、結果的には無事に帰ってきた。その後は、ポカポカのお風呂で身を清めたり、ほかほかのご飯で腹を満たしたり、他の諸々もしたりして、今はお布団の中に潜っている。
まだ寝るには早いし、眠くもない。ただ、何だかんだいっても、結局ここが一番落ち着くから居るだけだ。柔らかい温もりが全身を包み込み、ご丁寧に頭も枕が支えてくれる。長い時間を生きている中で、ここが最も身近で、静かで、気兼ねなく休むことができる、全ての人が健康で文化的な最低限度の営みができる最高の空間だ。
考えてみれば、人は生まれた時も、そして死ぬ時さえも、そこには真っ白で清潔なシーツがある。数奇な運命でも辿ってない限り、大抵の人の人生は、布団に始まり布団に終わるとも言える、言えてしまうのではないだろうか。
そう、ここは、こここそは、健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、自分を包みこんで安らぎをもたらしてくれる幸福な場所だ。
まあ、でも、けれど、しかし。どれだけ大言壮語、針小棒大に語ったところで、あくまでも布団は、物でしか無い。だから、布団そのものが私を愛してはくれない。
(愛、か……)
愛って、なんなんだろう。愛するって、どういうことなんだろう。愛されるって、どんな感覚なんだろう。
生まれてからある程度の子供の頃までは、私もお父さんとお母さんに愛されていたのだろう。尤も、その頃の私は無知で、無自覚なまま受け取っていたから、まるで実感がない。それに、ここ最近はあまり私が愛されている印象がしない。仮に、今もまだ両親が私に愛情を抱いているのだとしても、そのほとんどが“心配”に変換されて注ぎ込まれている気がしてならない。
そんな、不安や不穏を煽られるばかりの殺風景な心模様になって幾日も経った頃、ある日突然、全くの別方面から私に愛情が舞い込んできた。私が鈍かっただけかもしれないけど、それでも何の伏線も無いまま、思い当たりもしないまま、唐突にラブロマンスが始まった。おっ始まってしまった。
(どうしよう……私は、どうしたらいいんだろう……)
二人からの熱くて眩しい、光のような想い。片や禁断の同性愛。片や誠実な異性愛。それぞれ違う愛の形に、揺れる私の気持ち。どちらかしか選べない道を突きつけられ、私はこれからどうなっちゃうの〜?
(……なんて、ラブコメみたいに構えられたら、どんなに気楽か)
実際のところ、私にはとてもじゃないが、コメディ風な気持ちにはなれない。根暗故につい、人間のこととか世の中のこととか考え過ぎてしまう私は、こういう時に自分の人生について思い悩んでしまう。
(……はぁーあ〜〜っ!)
分かっている。こういう時、別にそこまで深刻にならなくったって、自分の心に正直に決めていいってことは。
幸いにも、私はどちらからも告白された方であり、うまいこと言ってどちらも保留にしてある。決定権は私にある以上、私の裁量で、私の自由で私のわがままで、私の意思でどうとでも転がせば良い。私にはもったいないくらいの贅沢な悩みだし、二度とはないくらい恵まれているのも、自惚れるほどでは無いが理解しているつもりだ。
なのに、にも関わらず、私がこんなにも頭をグルグルさせているのは、肝心の自分の気持ちが分からないでいるからである。
(こうなったら、ちょっと考え方を変えてみるかな……)
今回のケースで言ったら、割と単純に考えたら答えは、結論は出そうか。つまり、自分の身を曝け出して冒険しながら生きたいのなら美桜ちゃんルートへ。自分の身を大事にして安心しながら生きたいなら、日向くんルートへ行けばいい。
恋愛シュミレーションゲームなら、この時点で究極の選択肢が突きつけられるところであろうにも関わらず、私はまだ、思い切りよく潔く、選択肢を選べないでいる。
ならば、このままうだうだ悩み続けるという第三の選択肢も浮かび上がりそうなものだけど、それこそあからさまに孤立して孤独になるバットエンドルートのフラグがプンプンしてる。そうでないなら、ワンチャン修羅場ルートになる可能性もあるか。まあどっちみち、自ら不幸な人生を選び取って後悔するような愚か者にはなりたくないわけで。
(う〜むむむむ……)
でも、よくよく考えて気づいたけれど、今はまだ結論を急がずに、保留し続けるというのも案外悪い選択肢ではないかもしれない。別に今夜それを選んだところで、まだ私の学校生活が続く限り、物語否、私の人生も続く。もう後少し粘ったとしても、どちらかに選び直す機会はいくらでも訪れるだろう。別に一定のタイミングでしか自由の効かないゲームじゃないんだから、この人生というやつは。
そう。万が一修羅場になったところで、私が美桜ちゃんか日向くんの誰かが刺されて退場しない限りは、いつだって選び放題なのだ!
(って、そうなったらダメじゃんもう手遅れじゃん!)
悲しいかな。この人生ってやつには、法律という厳格なルールがある。たとえ私達のことを何も知らないモブだって、傷害事件が巻き起こったとしても何事もないフリをして欺いて隠し通せるほど馬鹿ではあり得ないし、無能で杜撰な警察官もいない。
ヤンデレ化した美桜ちゃんと愛の逃避行ルートとか、それはそれで怖いもの見たさもあるけれど、残念かな。人生にはセーブもロードも二周目もない。一度やらかしたことは、単なる興味本位でも覆せないのだ。
やっぱり、今からでも、どっちに心を傾けて預けるか、選んでおいたほうがいいだろうか。
(……とは言っても、なぁ〜)
今回の件で、二人の決定的な違いにして指針となる焦点を挙げるとすれば、それは性欲の有無だろう。
日向くんの場合は穢れなき純潔にして純粋な愛を示しているのに対し、美桜ちゃんの方は歪んでて卑猥にして淫乱な愛を伝えている。
それだけで判断すると、いかにも美桜ちゃんが不埒でサイテーで不適切にも思えるが、思えてしまうが、ただ、一緒にいて楽しいか愉快かを基準にしたら、評価は一変して翻ってしまう。スカートを変態と翻しあうような巫山戯た燥ぎ合いにも付き合えるような関係は、それこそラブコメにも発展し得て面白く、脚色も色気も色々ある。主になるのがショッキングピンクか薔薇色かはさておいて、丁寧かつ大胆に振る舞えばより一層鮮やかな生き方ができそうな魅力もある。
それに、スカート云々の関係性がある二人の物語も、私は知らないわけではない。と言っても、それは例によって美桜ちゃんが勧めてくれたアニメではあるし、なんとスカートを翻されているのは少女だったりしている。翻しているのも男子高校生だったりするけど、少女の方もやられっぱなしではなく、反撃や文句や常套句のように噛んだりしている。何だかんだで感化されやすい私は、そんな傍から見たら非れもなくて目も当てられないだろう二人のことも、良いなって素直に思ってしまう。
一方で、日向くんは、今日の告白を聞く限りそういう事はしないだろう。パソコン部らしいし、もしかしたらアニメも好きかもしれないけれど、何だかきっぱりと割り切っていそうな真面目感がある。それでも、ある日自分の欲望に我慢できなくなって、私にそういうお願いしたり甘えてきたりするかもしれない。
(うーん……)
想像してみたけど、かわいいとは特に思わない。ギャップ萌えとも呼べそうに無いのは、私の度量が足りないせいだろうか。
きっとその時の私は、安心しきって安穏としていたたつもりが、困惑しつつ、恋人だからと仕方なく受け入れて、なすがままになるだろう。抱きつかれる程度の触れ合いはされるだろうけど、それ以上のことはされない気もする。恋人同士のスキンシップにしては淡々としてて、淡白過ぎてあまり楽しそうな感じはしない。
それ以外の、例えばデートだって、基本は散歩コースになりそう。日向くんは一生懸命私を楽しませようとして、私は同調するように頷いたり。食事も、お互いが注文したメニューを黙々と食べるだけで終わったり。基本的には物静かな私にも原因はあるかもしれないけど、そのうち日向くんに気を遣わせっぱなしで心苦しく感じることもあると思う。
確かに、彼と付き合って、彼に任せていれば、自分の身に関しては何も心配のいらないかもしれない。安心で安全で健全な生活が保障され、あのお母さんも快く交際を承諾してくれそうだ。子供も産むことができて、順風満帆な結婚生活が送ることになるのだろう。
ただ、どこか保守的で、“普通”の幸せや楽しさしか得られないことを除けば。今日まともに知ったばかりだから、本当のところはどうなるか分かんないけど。
(美桜ちゃんだったら、そんなことないんだろうな……)
今度は試しに、美桜ちゃんとデートってなった場合のことを想像してみる。元々親友で気心知れた仲とはいえ、美桜ちゃんも女の子である。きっと、当日は、派手に露出も決め込んだ可愛い服装で、ドキドキそわそわしながら待ち合わせ場所に時間前に居たりするんだろう。その時点でも十分に可愛いし、嬉しいし、私も精一杯楽しもうという気持ちが芽生えてくる。美桜ちゃんと色んな所を見て回ったり、遊んだり感動したりして、美桜ちゃんと一緒に沢山のことを楽しめる気がする。仮に私の反応が薄くたって、美桜ちゃんは気に揉んだりしないし、明るい笑顔で私の行きたい所を訊いてきてくれそう。その辺は、やっぱり長い付き合いだからこその余裕と気安さといったところか。食事でも、美桜ちゃんは恋人らしく食べさせ合いっこをしてきたり、ベタに一つのグラスで飲み合いっこも所望するかもしれない。絶え間なくイチャイチャして、笑い合って、また何度でも遊びたいって思えるほどのデートをしてくれるかもしれない。
(って、やっぱり私の気持ちは、そうなるか……)
勿論、その代償に、彼女と付き合うことを選んでしまえば、将来は不安定になりそうなことは否めない。晴れて恋人関係になれた美桜ちゃんが、今日みたいにどんなタガを外し出すかは、正直親友の私でも未知数だ。ドキドキハラハラで危ない生活が約束され、やっぱりお母さんは二重の意味で反対するだろう。ヒスも起こして怒り泣き狂う羽目になりそうだ。子供はできないし、社会や世間の目を気にしなければならない時がある、波乱万丈な生涯を送る羽目になるだろう。
ただ、美桜ちゃんはそれで挫けるほどヤワではない。頭柔らかい発想で、親の件でも子供も社会も、不便があればあるなりに、何とかして別の楽しみ方や乗り越え方を考えてくれるに違いない。親友として、その逞しいポジティブさは信頼している。そう考えてみれば、美桜ちゃんに対してこそ気を遣わせてしまっている気もするけど、まあ、多分、その分私の身体を差し出せば、後腐れなく気負うことなく精算されそうではある。そして、“普通”に甘んじることのない、奇想天外でエキセントリックで非日常めいた幸せや楽しみ方さえ、満足するまで堪能することができる気がする。私がそこまで、不自由を許さず、自由の負の面を乗り越えて、炎上の正義をいなして、自分の欲求と不屈の精神と互いの信頼を貫いて、最後まで二人で笑い合い続けることができるかを望めれば。付き合いの長い関係ではあるものの、どこまでうまくいくかといえばやっぱり分かんないけど。
とまあ、ここまで考えを巡らせてはみたけれど膨らんだ妄想の解像度と質だけで言っても、やっぱり私の心は、だいぶ美桜ちゃんに傾いている感じがする。今朝と放課後にされたセクハラの数々を受けてもなお覆ることがない程に。
それだけ美桜ちゃんに甘過ぎるとも、懐柔されているとも、言えてしまいそうではあるけども。




