勇者との邂逅
私が、あと前にいる男二人も、声のした方へ振り返ってみたら、そこには私服姿の男の子がいた。
「ああん?」
金髪ヤローと茶髪ヤローが、私から男子の方へと標的を変える。
さっきまで柱に手を添えていた金髪ヤローが腕ごと引っ込めて、指をポキポキ鳴らしながら低い声で威嚇する。だが、私達を見て助けに入ったその男子の方も気圧されるように一歩退いただけで、負けないように、対抗するように睨み返している。
「んだコイツ。てめぇこの子のなんなわけ?」
茶髪ヤローが、実に面倒くさそうに尋ねる
「っ僕は……そいつの、クラスメイトだ!」
男子は、そう答えた。クラスメイト? と言われても、私はまだピンと来てない。元々人の顔を覚えるのが苦手ではあるけれど、その子の立っている位置は暗い上に逆光になって顔がよく見えないし、おまけに私服だから余計に見慣れない。
「だけど、たとえクラスメイトじゃなくったって、僕は迷わず同じことをするさ。か弱い人が一方的にやられているなんて、気分が悪いからな!」
おお、なんかヒーローっぽいこと言ってる。
「さあ! その子を離せ! そんでどっか行け! もし余計なことをしたら、警察に通報するぞ!」
その男子は、素手にスマホを取り出してあって、既に親指を画面に当てようとしていた。
私にはよく分からなかったけど、その口ぶりから察するに多分その画面には、電話アプリが映っているのだろう。もう110も押し終えて、あとは数ミリ指を動かして通話ボタンさえ押せば、即通報がなされるところまで準備されているようだ。
「チッ。わあったよ。今日のところはこれで引いてやる」
男子の前に立っていた金髪ヤローが、そう言ってあっさりと踵を返す。
“今日のところは”って、まさか次の機会を狙おうとしているのか!?
「じゃあな」
茶髪ヤローも妖しい笑みを浮かべながら私に手を降る。そして二人は、それ以上私に目もくれずに、暮れなずむ道の先へと歩いて引っ込んで行った。って、そこは私がこれから行こうとしていた道なんだけど……。
元々二人は一本道を行く私の後ろから来ていたとはいえ、その向こうも分岐があるとはいえ、またどこかで鉢合わせたりしないだろうかと不安になる。
「大丈夫? 篠崎さん!」
私の苗字を呼び、スマホをポケットに仕舞いながら、慌ててその男子は駆けつけて来る。こうして光の下へとやって来たというのに、彼は私の苗字をちゃんと覚えててくれたというのに、私はまだ、その男子の名前を何も思い出せない。本当に、誰だっけ?
「あ……うん、大丈夫……。えっと……」
「……もしかして、僕の名前が分からない? ……日向だよ。日向亮介」
「あっ、ああ。うん、ありがとうくん」
「……どういたしまして」
日向亮介。そこまで言われてやっと私も、そんな名前の子がいた事を思い出す。私と同じ内気な性格で、あまり人前で目立つようなタイプではなかったと記憶しているけれど、もしかして、私のために勇気を奮い立たせてくれたのかな?
「……えと、本当に大丈夫……なんだよね? どこか乱暴なことされたり、脅されたり、そういういじめみたいなことは、されてないの?」
「う、うん。大丈夫。本当に。……まだ、大したことはされていなかったから」
「そっか。はぁ……なら、間に合って良かった」
日向くんは、改めて、本気で何もされなかったか心配してくれた。一瞬、“乱暴”という言葉に、今朝とかさっきに美桜ちゃんが私にした行為を思い出してしまったけど、そういうことはあの男達からはされなかったことだし、嘘と疑われたり無用な不安を抱かせたりさせないためにもちゃんと断っておく。
私のその返事を聞いた日向くんも、一息吐いて胸を撫で下ろし、ようやく安心してくれたようだ。
「びっくりしたよ。篠崎さんがこんな時間に帰っているのもそうだけど、まさかあんな奴らに絡まれてたなんて」
「ん……ありがとう。助けてくれて」
「いや、全然。こんなの大した事無いよ。……っていうか、本当に大丈夫? 今回はたまたま僕が通りがかったから良かったけれど、あいつらきっと、また篠崎さんをみたら絡んでくるよ?」
「ん……そうだね」
日向くんも、やっぱり同じ意見らしい。面倒なことになったと自覚はするものの、どうしたらいいのかはまだ分からない。
「……もし。もし、篠崎さんさえよければだけど、僕も帰り道はこっちだし、家まで送っていこうか?」
「えっ! いや、いいよ! そんなわざわざ、私に合わせるの悪いし……」
放課後はよく美桜ちゃんと遊んでから帰っているのに、わざわざタイミングを見計らって日向くんと合流して家まで帰るなんて、いろいろ問題があり過ぎる。住んでる所を知られる……のは、嫌だとしても割り切るべきなのかもしれないけど。でも、それ以上に大きな問題が今の私にはある。
「大丈夫だよ。僕は部活が終わって帰るの遅くなってるだけだし、別にいつ帰っても自由だしね」
「え? そんなに融通の利く部活なの? 片付けとか、あるんじゃないの?」
「その辺も問題なし。だって僕、パソコン部だし。帰りたくなったら、電源落としてそのまま出ればいいし」
「あっ……そ、そうなんだ……」
なんだ。それなら安心……じゃないんだけどね!
大体、日向くんは今日起きたばっかりのことだから分からないかもしれないけれど、今は仮にも、美桜ちゃんと恋人関係になったばかりだ。なのに、よりにもよってクラスの男子と一緒に帰っているなんて美桜ちゃんに知られたら、どんな目に遭う事やら。
「だからさ、篠崎さんは事前に何時頃帰るか僕に連絡くれたら、その時間に合わせるよ。安心して。絶対にもう、篠崎さんをあんな目には遭わせないから!」
「う、うん……」
ありがとう。という肯定の言葉を飲み込みながら、気まずく返事をする。
輝く瞳と熱心な献身に、私まで気圧されてしまう。あの不良達に対してもそうだったけれど、この子って実はそんなに押しが強い人だったの!?
「いや、でもやっぱり悪いよ。私なんかのためにそこまでするなんて……」
「なんか、じゃないよ。……実は僕、僕さ、……篠崎さんのこと好きで、いっつも遠くから見ていたんだよね」
「え……うええっ!?」
えええーーー!! まさかの二人目からの告白ぅ!?
またまたびっくりな展開だ! 今日は衝撃的な事が多すぎる! まさか二人目だなんて……!
「篠崎さん、渡瀬さんといる時以外はいっつも一人だし、その時の儚げな姿にも凄く心が惹かれているんだよね。もちろん、渡瀬さんといる時の楽しそうな笑顔も魅力的だけど、一人になって寂しそうに頬杖ついて虚無っている時の篠崎さんも、僕、美しいなって思ってこっそり眺めてたんだ。実は。そこまで分かってたなら声をかけてあげれば良かったかもしれないけど、ほら、僕男だし、ただでさえ人見知りな所があるっぽいのに、あんまり馴れ馴れしく話しかけられるのも嫌かなって思って、今日の今までなかなか声を掛けれずにいたんだよね。でもさ、好きな人があんな目に遭っていると知ったら、やっぱりどうしても我慢できなくって、思い切って声をかけちゃったんだ。たはは……」
すごい、押しが強いというか、私が推しになっているみたいだった。
たははって照れ笑いする日向くんは、少しかわいくも感じられたけど、この後のことを考えるとどうしても複雑な思い、もとい迷いが湧いてしまう。
私自身、恋愛対象というものにそこまでこだわってない。っていうより、今日この日が来るまで、あまり考えてもいなかったというのが正しい。
女子の癖にあまり会話を盛り上げれないし、むしろ独りを気ままだと考える根っからのぼっちだし、そんな私が誰かに好かれるなんて思いもしなかった。
親友の渡瀬美桜ちゃんのことだって、趣味があって明るくて、相談に乗ってくれても無理強いはしてこなくって、たまに私を音の鳴るおもちゃみたいにからかってきたり、私が怒っても笑って受け入れてくれたりしてくれてただけで、昨日まではそれが仲のいい友達との付き合い方だと思ってた。
なのに、今朝になっていきなりあんなことまでされて……美桜ちゃんが、私にそこまでの劣情を抱いていたなんて、本当に知らなかった。
……もしかして、日向くんも、そこまでの激しい欲情を
私に抱いていたりするのか……な?
「あ、でも安心して! 僕なら絶対に、篠崎さんを困らせたりしない! それだけは約束する! 二度とあんな変態どもを篠崎さんに近づけさせたりはしない! そのためなら……篠崎さんのためなら、僕は何度だって立ち向かってやるし、守り通してみせる! どんなに卑劣な手段でキミを襲おうとしても、必ず僕が助けてみせる! もちろん、僕からの方でも篠崎さんに何も無理強いはしないよ。篠崎さんはただ、僕のそばに居てくれるだけでいい。それだけで、僕は満足なんだ。だから、お願い。篠崎さん。僕と……その、つ、付き合って、ください!」
あ、どうやら違うみたい。
美桜ちゃんとは正反対と言える情熱的な気持ちで、だけど日向くんは最後には顔を真っ赤にしながら、勢いで張り裂けそうな声を上げながら、私に頭を下げてきた。
どちらも、二人なりの正直な愛情だって分かる。たぶん、どっちも正しくて、間違っているということはないのだろう。だからこそ、私はまだ、選びきれない。
「……ごめん。あっ、いや、そういうのじゃなくって……そのっ、す、少し……考えさせて……くれないかな」
優柔不断で申し訳なさそうに、だけど誤解だけはさせないように私が言うと、日向くんも頭を上げて不安げな表情を覗かせた。
「……分かった。でも、本当に困ったことが起きたなら、僕の助けが必要になったら、いつでもいいから頼ってよ? 僕、そうなったら絶対、何が何でもキミのもとに駆けつけるから」
「う、うん。分かった……ありがとう。その時が来たらそうする……」
「本当に頼むよ? そうだ! 連絡先を交換しよう! 何でもいいからSNSのIDを教えて」
その時が来たら……なんて、遠回しに都合の良い、来るかどうかも分からない約束をしつつ、私は普段使っているSNSのIDを素直に日向くんに教えた。
するとその場ですぐに、日向くんからの「じゃあ、これからよろしくね」というメッセージが私固有ののチャット欄に届く。
「よし! 今そっちにメッセ送ったから。それ、僕のID。何かあったらそこ宛に教えてくれればいいから。もちろん、相談事とか訊きたいこととか、ただの雑談でもいつでも大歓迎だからさ。じゃ、そろそろ日も落ちて真っ暗になっちゃうし、帰ろうか」
「う、うん。分かった」
日向くんの気持ちに応えるにしろ応えないにしろ、今日のところは彼と一緒に私の家まで帰るしかなさそうだ。まあ、あんなことがあったばかりじゃ、仕方がないか。
ごめん、美桜ちゃん。
と、まるで裏切ってしまったような罪悪感に心の中で謝りながら、私は一寸先の闇を日向くんにお供されながら共に歩き出した。




