第8話「王都の目」
──王都・カリステア。
広大な城の作戦室、老練な宰相が静かに報告書を広げた。
「……南部リュア村にて、神樹の出現。
“神の使い”と呼ばれる青年が、干ばつ地を再生し、帝国との戦争を止めたとの情報」
玉座の上の若き国王が眉をひそめる。
「それが事実なら……我が国の秩序を揺るがす。
“信仰”が向く先を、王以外にしてはならない」
「では……影使いを」
「よかろう。村に潜り、素性を洗え。
“神”か、“詐欺師”か、白黒つけよ」
一方その頃、リュア村。
神樹の下で、今日も村人たちが笑い、畑に水を撒いていた。
アルレンは、井戸の修理を手伝いながら、のんびりと昼寝する猫を眺めていた。
「……のどかだなぁ」
そんな中。
旅人を装った“ある男”が村に足を踏み入れる。
漆黒の外套。目元を隠すフード。
言葉数は少なく、動きに無駄がない。
「旅の者です。宿を探していて」
村長は少し警戒しながらも、
「ならば神の使い様のおられる宿へ」と案内してしまった。
その夜。
外套の男──本名:レオン(王国諜報部“影使い”)は、宿の裏からアルレンの部屋へと忍び込もうとする。
しかし──
「やぁ、夜の散歩? お茶でもどう?」
不意に横から声がする。
灯りもないのに、そこに立っていたのはアルレン本人だった。
「っ……!? なぜ、気配を……!」
レオンは反射的に短剣を抜いた。
だが次の瞬間、身体が宙を舞い──畑の真ん中に投げ出された。
「うわー!土、やわらかい……助かった……」
アルレンは、短剣を拾いながら言う。
「これ、王都製の特殊鋼だね。……スパイか何か?」
レオンの顔が強張る。
「……貴様、何者だ。
なぜ神でもないのに、天候を操り、地を癒せる」
アルレンはしばらく考え込み──
「……じゃあ、ちょっとだけ“神”ってことでいいよ。
でも今は農民。のんびりしたいんだ」
「……っ!」
レオンはその場に崩れ落ちた。
殺気を感じていたはずが、気がつけば心がほどけていた。
「なぜ……敵意が、消えない……のに、安心してしまうんだ……」
アルレンは笑って、レオンに湯を差し出す。
「お腹すいてる? 村のスープ、結構美味しいよ」
──その夜、スパイは報告を送らなかった。
「……危険なし。対象は無害。
ただし、“神性のような何か”は……確かに存在する」
そして。
王都は“処理”のために、次なる動きを始める。
──アルレンを、王都に“招待”するという名目で──