第7話「国境の城塞、無血開城」
──ティルガルド大陸・東境界、ヴェルゼンの城塞都市。
王国と帝国の間で何十年も火種が続くこの地に、
ついに“開戦”の鐘が鳴ろうとしていた。
砦には、戦いに備える兵士たちの怒号が響く。
「準備は整ったか! 今回こそ奴らを蹴散らすぞ!」
「王命により、“命の穀倉地帯”を奪還する!」
それは、ほんの小さな誤解から始まった。
水の権利、交易の妨害、兵士の越境──
だが、積もった火種はもう誰にも止められない。
一方その頃。
国境の川辺に、ふらりと歩いてくる旅人がいた。
麦の束を抱え、首にスカーフを巻いた青年。
「……わあ、殺気だってるなぁ」
アルレンだった。
背後には、耳をピクつかせたフィオナ。
その横に、静かなナジアと、青いマントのオルネア。
「アルレンさま、本当にやるんですか……? あそこ、数千の兵がいますよ?」
「うん。できれば……一人も傷つかないようにね」
そのまま、アルレンは川の中央まで歩き、手に持った麦を大地に植えた。
「ほんの少しでいい。
この地にも“実り”の記憶を、思い出してほしいんだ」
指先から、光が走る。
地面がほぐれ、川辺に黄金の麦がいっせいに芽吹いた。
そして──
その光景を、砦の兵たちが見た。
「な、なんだ……麦が……川に!? 魔法か!?」
だが、それは攻撃でも幻でもなかった。
麦の香りが風に乗り、飢えた兵たちの腹を鳴らす。
傷ついた兵士の傷が、川の水を飲んだだけでふさがっていく。
「癒された……? いまのは……誰が?」
やがて、兵士の中の一人が気づいた。
「あれは……“神の使い”だ。
南の村を蘇らせた、あの……」
ざわつく兵たち。矛を下ろし、近寄ろうとする者すら現れる。
そして、帝国側の砦からも、兵士たちが騒ぎ始めた。
「“敵”ではない……? いや、あの力、むしろ神……?」
数時間後。
双方の将が、川辺に姿を現す。
「……これは、いったい、何の意図だ」
アルレンは、ただ微笑んだ。
「別に。平和にごはんを食べられる場所がほしいだけ」
将たちはしばらく無言だったが──
やがて、どちらからともなく矛を降ろした。
「……この戦は、見送りとする」
「……貴公に礼を」
こうして。
国境の城塞都市で予定されていた開戦は、
史上初の“無血開城”という形で幕を下ろした。
──記録にはこう残る。
「一人の旅の男が、戦争を止めた」と。
夜。
焚き火のそばで、オルネアがぽつりと漏らす。
「……アルレン。君の力、やっぱり“神の枠”を超えてるよ」
「それでも、なるべく使いたくない。
……ただ、生きたい人が、生きられる世界になってほしいだけ」
その横で、フィオナがパンを頬張りながらにっこり。
「アルレンさま、世界征服とかしないの?♡」
「しないよ」
「え〜〜〜!?」
そんなやり取りをしながら、彼らは次の地へと歩き出す。
──だが、その背後では。
王国も、帝国も。
「旅の青年」を警戒し始めていた。