第6話「神隠しの森と少年」
魔族の襲撃から数日後──。
アルレンは、ひとつの古びた地図を手に、南西の奥地へ向かっていた。
「この辺りに“神隠しの森”って呼ばれてる場所があるらしいんだけど……」
「迷ったら出てこられないってウワサの森だよ!? アルレンさま、本気!?」
フィオナがアルレンの袖を引っ張る。
だがアルレンは、微笑みながら進んでいく。
「うん。何か呼ばれてる気がするんだ。……たぶん、あの子に」
森に入った瞬間──空気が変わった。
音が、消える。
風も、虫の声も、ぴたりと止まり、まるで世界が止まったようだった。
「……静かだね」
森の中は、薄緑の霧が漂い、視界もおぼつかない。
それでもアルレンは、一歩、また一歩と迷いなく進んでいく。
やがて──
霧の奥に、小さな家がぽつんと現れた。
その屋根の上に、一羽の白いフクロウがとまっていた。
「……来たね、アルレン」
フクロウは静かに羽ばたき、宙に浮かぶと、その姿を変えていく。
──銀髪ショートの少年。
──青いマントに包まれた、どこか懐かしい気配のある青年。
「久しぶりだね。僕はオルネア。この世界の“叡智”を見届ける精霊だよ」
フィオナが警戒するようにアルレンの背後からのぞき込む。
「誰この子……知り合い?」
「うん。かつて一緒に、“地上の未来”を見届けようと約束した仲間さ」
オルネアはうなずく。
「この森は、“まだ芽吹いてない可能性”が眠ってる場所。
だから君が来るのを、ずっと待ってた」
家の中は静かだった。
書物、地図、魔法陣。
そこにあるのは、知識と“準備”のあと。
「この地は、地脈の交差点。でも今は、眠ったまま。
君の力と、僕の“視界”で、起こせるかもしれない」
「……じゃあ、やろうか」
アルレンが地に手を触れた瞬間、オルネアの瞳が星のように光る。
「“視よ、この地の記憶。命を還し、未来を開け”」
森が震えた。
空気が澄み、地面から草花がいっせいに芽吹き、
迷いの霧が晴れ、“神の庭”のような風景が広がる。
動物たちが姿を現し、鳥が歌い始めた。
──神隠しの森は、ついに目を覚ました。
その夜。
焚き火の前で、オルネアは静かに語った。
「アルレン。君が地上に来た意味、もう一度確認してもいい?」
「もちろん。“命を実らせ、癒しを広げるため”。
神としてではなく、一人の人間の意志で」
「……なら、僕もまた君と巡礼しよう。
この世界の“可能性”がまだ生きていると、信じてみたくなった」
こうして──
アルレンの旅に、知恵と静寂の使い魔が加わった。
けれどその一方で──
神々の座す天界では、静かに“異変”の報が届いていた。
「……地上が動いている。アレリウスが、何をしようとしている……?」
──天界もまた、揺れ始めていた。