第2話「神の使い、現る」
「……アルレンさま……ようやく、会えました……」
神樹の根元、白銀のウサギがまばゆい光に包まれ、少女の姿へと変わる。
白髪に金の瞳、草花の髪飾りが風に揺れ、森の祝福そのもののような少女が、そっと跪いた。
「フィオナ……?」
青年──アルレンは、少女の名をぽつりと口にする。
かつて神界で共にいた眷属。愛しき“精霊獣”。
その記憶が、地上に降りた今も、静かに心を満たしていた。
「は、はいっ……フィオナです。
ずっと探して、探して……やっと、やっと見つけましたぁ〜っ」
泣きそうな顔で抱きついてくるフィオナ。
その背中から、まるで“森の香り”のような優しさが、ふわりと広がった。
アルレンは彼女を軽く抱きとめ、小さく笑う。
「ふふ……来てくれて、ありがとう」
その様子を、村の影から見ていた人々がいた。
老いた村長と、干ばつに疲れた農民たち。
「い、今のは……幻か?」
「空から神の木が……っ。おい、あの娘……ウサギが人に……?」
「ちょっと!あの青年、まさか魔族か精霊族か……?」
ざわめきが広がる。
だがアルレンは、焦る様子もなく、ゆっくりと立ち上がった。
「大丈夫ですよ。これは少し、特別な畑なんです」
「と、特別……?」
村長が震える声で問いかける。
アルレンはやさしく微笑み、土をすくい上げる。
その手のひらで、乾いた土がふわりと香る花へと変わるのを、誰もが見た。
「この大地は、まだ“生きたがっている”。
だから、ほんの少し、手を貸してあげたんです」
その言葉は、魔法のように人々の心に染みわたった。
──その夜。
村では久しぶりの“炊き出し”が行われた。
神樹から採れた果実は村人たちに分けられ、誰もがその甘さに涙した。
そして、月明かりの下。
少女──フィオナは、アルレンの隣で眠りにつく前に、ぽつりとつぶやいた。
「……アルレンさま。あの村長さんたち、気づいてませんね。
ほんとは……アルレンさまが、“神”だってこと」
「うん、それでいいよ」
アルレンは空を見上げた。
「地上の人々には、ただ“生きて”ほしい。
名前も力もいらない。ただ、微笑んでくれるなら──」
やがて、森の奥で。
見えざる者たちが、目を覚ます。
魔族、王族、隠された神々の血を引く者たちが、静かに動き出す。
──世界はまだ、知らない。
この地に降りた青年が、
やがて“世界の形”すら変えていく存在になることを。