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孤独な研鑽

 虚空魔法(ヴォイド・マジック)――その人知を超えた力の片鱗に触れたアレンは、この古代遺跡を一時的な拠点と定め、孤独な修練を開始することを決意した。


 幸い、遺跡内部は外敵から身を守るには十分な堅牢さを持ち、満ち溢れる濃密な魔力は、損傷した魔力回路(マナサーキット)の回復と、新たな力の練成をわずかながら助けてくれるようだった。


 まずは情報収集からだった。

 アレンは広大な遺跡の内部を探索し、虚空魔法(ヴォイド・マジック)に関する手がかりを探した。

 壁画には、星々を背景に空間を自在に操る古代人の姿が描かれているものがあった。まるで神話の一場面のようだ。


 崩れた書庫と思われる場所からは、風化しかけた羊皮紙や、判読不能な文字が刻まれた石版の欠片がいくつか発見された。

 実験室のような区画には、壊れた奇妙な魔道具――空間に作用するものだったのかもしれない――の残骸が散乱していた。


 アレンは学園で得た知識を総動員し、それらの断片的な情報を繋ぎ合わせようと試みた。

 古代文字(こだいもじ)の完全な解読は困難だったが、壁画や魔道具の構造から、虚空魔法(ヴォイド・マジック)が単なるエネルギー操作ではなく、「空間座標の精密な認識」「高次元への干渉」「存在確率への介入」といった、既存の魔法体系とは根本的に異なる原理に基づいているらしいことを推測した。

 そして、その力が計り知れない可能性を秘めていると同時に、扱いを誤れば術者自身や周囲の世界に壊滅的な影響を及ぼしかねない、極めて危険なものであることも。


(……だが、この力があれば……!)


 危険性を理解した上で、アレンの復讐への決意は揺るがなかった。むしろ、その規格外の力にこそ、彼の目的を達成する唯一の道があると確信していた。


 次にアレンは、虚空魔法(ヴォイド・マジック)の基礎的な制御訓練を開始した。

 祭壇のあった広間や、他の安全な区画を使って、彼は来る日も来る日も修練に明け暮れた。


 まずは「空間認識」。

 目を閉じ、意識を集中させ、周囲の空間そのものを「感じる」訓練だ。最初はぼんやりとした広がりしか感じられなかったが、繰り返すうちに、壁までの距離、天井の高さ、床の凹凸、さらには空気の流れまでをも、三次元的な座標情報として精密に把握できるようになった。まるで、自分自身が空間の一部になったかのような感覚だった。


 次に「座標移動(テレポート)」。

 空間座標を正確に認識できるようになったことで、アレンは自身の体を任意の座標へと瞬時に移動させることを試みた。


 最初は失敗の連続だった。壁に半分めり込んだり、数メートル移動するつもりが天井近くに出現したり、あるいは全く移動できなかったり。そのたびに軽い衝撃と目眩に襲われた。


 しかし、アレンは諦めなかった。失敗の原因を分析し、座標指定の精度を高め、魔力の流れを調整する。数十回、数百回の試行錯誤の末、彼はようやく数メートル範囲内での安定した座標移動(テレポート)を習得した。これは奇襲や回避において絶大な効果を発揮するだろう。


 さらに「空間障壁ディメンション・シールド」。

 任意の空間に目に見えない断層――次元の壁を作り出し、物理的な攻撃や魔力を遮断する防御技術だ。


 最初は薄い膜のようなものしか作れず、小石を投げただけでも簡単に破れてしまった。しかし、これも訓練を重ねることで、強度と持続時間を飛躍的に向上させることに成功した。強力な魔獣の突進すら受け止められるほどの障壁を、瞬時に展開できるようになったのだ。


 基礎がある程度身につくと、アレンはより高度な応用技術の習得にも乗り出した。


虚数空間(イマジナルスペース)」――自身の近くに小さな異次元空間への入り口を開き、物品を収納・取り出す能力。これは非常に便利だった。食料や水、武器や収集した資料などを安全かつコンパクトに持ち運べるようになった。最初は小さなナイフ程度しか収納できなかったが、訓練により容量は徐々に増大していった。


空間破砕(スペースクラッシュ)」――目標地点の空間座標を強制的に圧縮・解放することで、局所的な衝撃波を発生させる攻撃技。威力はまだ小さいが、鎧などの物理防御を無視して内部にダメージを与える可能性を秘めていた。


空間偏向(ディストーション)」――飛来する攻撃に対し、その周囲の空間を歪めることで軌道を逸らす防御・回避技術。空間障壁ディメンション・シールドと組み合わせることで、より盤石な防御体制を築けるようになった。


 これらの訓練の過程で、アレンは一つの事実に改めて向き合うことになった。

 それは、かつて自分が得意としていた属性魔法――火、水、風、土などの元素を操る魔法――が、ほとんど使えなくなっているという現実だった。


 虚空魔法(ヴォイド・マジック)の特異な魔力性質が、既存の魔力回路(マナサーキット)や魔法体系と深刻な干渉を起こしているらしかった。

 学園時代、魔法こそが自分の存在価値だと信じていたアレンにとって、それは一抹の寂しさを伴う喪失感をもたらした。


(……だが、構わない)


 寂しさは一瞬で掻き消えた。

 失った力以上に、虚空魔法(ヴォイド・マジック)がもたらす可能性は計り知れない。空間を操るこの力は、従来の魔法の常識を遥かに超えている。これこそが、ギルバートたちへの、そして世界への復讐を成し遂げるための力なのだ。

 アレンの決意は、より一層固まった。


 修練には膨大な集中力と体力が必要だった。遺跡内の濃密な魔力だけでは補いきれず、アレンは定期的に遺跡の外――禁忌(きんき)の森――に出て、食料を調達する必要があった。


 当初は魔獣相手に苦戦していたサバイバルも、虚空魔法(ヴォイド・マジック)の基礎を身につけるにつれて様相が変わってきた。

 座標移動(テレポート)による奇襲で獲物の背後を取り、空間障壁ディメンション・シールドで攻撃を防ぎ、時には空間破砕(スペースクラッシュ)で動きを止める。狩りは、虚空魔法(ヴォイド・マジック)の実践訓練の場ともなっていった。


 遺跡の中での孤独な修練と、森での過酷なサバイバル。

 そんな日々を繰り返す中で、アレンの心身は急速に変貌していった。

 肉体は研ぎ澄まされ、その瞳には揺るぎない決意と、底知れない闇が宿る。

 彼を支えるのは、ただ一つ。


(待っていろ、ギルバート……リリア……ダリオ……そして、俺を裏切った全ての者たち……)


 復讐の誓い。

 その日を夢見て、アレンはただひたすらに、孤独の中で力を磨き続けるのだった。

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