表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/36

仕組まれた罠

 ワイバーン討伐から数日後。パーティー内の空気は依然としてぎこちなかったが、ギルバートはそれを隠すかのように、新たな高額依頼の話を持ちかけてきた。


「見ろ、お前たち! またとない好機だぞ!」


 彼がギルドの依頼掲示板から剥がしてきたという羊皮紙には、「竜哭山脈(りゅうこくさんみゃく)の古代遺跡調査及び、そこに巣食う特殊魔獣の討伐」と記されていた。依頼主は匿名の富豪とされており、成功報酬は破格だった。


竜哭山脈(りゅうこくさんみゃく)の遺跡……! この前の場所か?」


 ダリオが身を乗り出す。


「いや、さらに奥地にある別の遺跡らしい。未発見の古代文明の遺産が眠っている可能性が高いそうだ。ただし――」


 ギルバートはそこで言葉を切り、意味ありげに付け加えた。


「――どうやらその遺跡内部は、古代の強力な魔力フィールドの影響で魔力の流れが極めて不安定らしい。高位魔法や精密な魔力操作は、かなり制限されるだろうとのことだ」


 その言葉に、アレンは眉をひそめた。ワイバーン戦で見せたアレンの高度な魔法を意識したかのような情報。偶然にしては出来すぎている。

(……何か、引っかかる)

 疑念が頭をもたげるが、ギルバートはアレンの反応を待たずに続けた。


「危険は大きいが、報酬もそれに見合う。これを成功させれば、我々の名声は確固たるものになるだろう。どうだ、やるか?」

「面白そうじゃねえか! やろうぜ、ギルバート!」


 ダリオは即座に賛同する。


「私も……危険なのは承知の上ですが、挑戦してみたいです」


 リリアも、不安を滲ませながらも同意した。

 アレンは黙考していた。この依頼には明らかに不自然な点がある。しかし、ここで反対すれば、ギルバートとの関係は修復不可能になるだろう。それに、もし本当に古代の遺産があるのなら、それはそれで興味深い。


(……考えすぎか。どんな状況でも、俺なら対応できるはずだ)


 アレンは自らの力を過信していたわけではないが、これまでの経験からくる自信もあった。


「……分かった。受けよう。ただし、情報は鵜呑みにせず、慎重に進むべきだ」


 アレンが同意すると、ギルバートの口元に満足げな笑みが浮かんだ。


 再び竜哭山脈(りゅうこくさんみゃく)を訪れた『(あかつき)の剣』一行。

 今回は以前よりもさらに奥地、険しい山道を越えた先に、目的の遺跡は存在した。

 苔むした巨大な石造りの建造物が、山肌に半ば埋もれるようにして口を開けている。入り口には結界などはなかったが、内部からは淀んだ、不快な魔力の気配が漏れ出ていた。


「ここが……。情報通り、妙な魔力の流れだな」


 アレンは魔力探知(マナセンス)で内部を探るが、魔力の乱れが酷く、正確な状況把握が難しい。


「よし、突入するぞ。アレン、お前が先行しろ。罠と魔物の警戒を怠るな。ダリオはアレンの援護、リリアは俺と後方に」


 ギルバートは前回と同じように指示を出す。アレンは短く頷き、遺跡の暗がりへと足を踏み入れた。


 内部は予想以上に広く、そして入り組んでいた。湿った空気、カビ臭い匂い、そして絶えず感じる魔力の乱れが、アレンの神経を苛む。

 それでも彼は慎重に罠を解除し、時には現れる低級な魔物をダリオと連携して排除しながら、奥へと進んでいった。


 ギルバートは後方から、時折アレンに指示を出したり、あるいは無意味な警告を発したりしながらついてくる。その行動は、アレンを特定の方向へ誘導しようとしているかのようにも見えた。


(やはり、何か企んでいるのか……?)


 アレンの疑念は深まっていたが、今は進むしかなかった。


 やがて一行は、ひときわ広い、円形の広間へとたどり着いた。

 天井には巨大な亀裂が走り、そこからわずかに外光が差し込んでいる。床には複雑な紋様が描かれており、広間全体が一種の儀式場のような雰囲気を醸し出していた。

 そして、広間の中央付近に差し掛かった時だった。


 アレンが紋様の中心を踏んだ瞬間――背後でギルバートが懐から取り出した黒い石を床に叩きつけた。

 石は紋様と共鳴するように禍々しい光を放ち、広間全体を不可視のドームが覆う。


「なっ……!?」


 アレンは即座に異変を察知した。

 体内の魔力が急速に重くなり、霧散していくような感覚。魔力回路が機能不全を起こし、魔法を練り上げることができない。以前遺跡で経験した感覚と似ているが、今回はさらに強力で、悪意に満ちている。


「ぐっ……! ギルバート、貴様……!」


 アレンが振り返ると、そこには歪んだ笑みを浮かべたギルバートが立っていた。


「ククク……かかったな、アレン! これぞ『魔力擾乱(まりょくじょうらん)結界石(けっかいせき)』! お前のその忌々しい魔法も、これで封じられたというわけだ!」

「ギルバート!? どういうことだよ、これは!」

「ギルバート様、まさか……!」


 ダリオとリリアが驚愕と混乱の声を上げる。


「決まっているだろう? こいつを始末するのさ。優秀すぎる駒は、もはや不要だ」


 ギルバートが言い放ったその時、広間の奥の暗闇から、複数の複眼を爛々と輝かせた異形の魔獣――マナドレイン・ビーストが姿を現した。

 その体からは、周囲の魔力を根こそぎ吸い上げるような、強烈なプレッシャーが放たれている。結界石と魔獣の能力、その二重の効果により、アレンは完全に魔力を封じられたも同然だった。


「グルオオオォォ!」


 マナドレイン・ビーストは、広間の中で唯一、わずかながらも魔力の残滓を持つアレンを標的と定め、涎を垂らしながら襲いかかってきた。


「くそっ……!」


 アレンはショートソードを抜き、体術と最低限の身体強化だけで応戦する。

 しかし、魔法という最大の武器を奪われたアレンにとって、マナドレイン・ビーストはあまりにも強敵だった。

 鋭い爪がアレンの体を切り裂き、粘液が鎧を溶かす。攻撃を当てても、物理抵抗の高い体表に阻まれ、有効打を与えられない。


「アレン君!」


 リリアが必死に回復魔法(ヒール)を試みるが、魔力が霧散し、ほとんど効果がない。


「アレン、加勢する!」


 ダリオが剣を構え飛び出そうとするが、ギルバートがその肩を掴んで制止した。


「待て、ダリオ! アレンが勝手に突出したせいだ! 奴のせいで連携が乱れている! 我々まで危険に晒す気か!」

「だが……!」

「リーダーの命令が聞けんのか!」


 ギルバートの剣幕に、ダリオは動きを止められてしまう。


「どうした、アレン! その程度か! 魔法がなければただの雑魚同然だな!」


 ギルバートは後方から嘲笑を浴びせ、時折放つ炎魔法は、アレンの回避先を塞ぐように飛んでくる。完全にアレンを追い詰めるための、悪意に満ちた妨害だった。


 アレンは満身創痍になりながらも、必死で抵抗を続けていた。

 しかし、体力は限界に近づき、動きは確実に鈍っていく。


(このままでは……殺される……!)


 その時、ギルバートが撤退を叫んだ。


「だめだ! アレンが命令を無視して深入りしたせいで、魔獣が完全に怒ってしまった! これ以上は危険だ、撤退するぞ!」


 あまりにも白々しい嘘。だが、ダリオとリリアには、それを否定する余裕も、ギルバートに逆らう勇気もなかった。


「ギルバート! ダリオ! リリア! 待ってくれ!」


 アレンの悲痛な叫びが広間に響く。

 だが、ギルバートは振り返りもせず、結界の唯一の出口へと向かう。


 ダリオは一瞬アレンを見た。その目には苦悩と恐怖が浮かんでいた。


「……すまん」


 彼はそう呟くと、ギルバートの後を追った。


 リリアは涙を流し、アレンに何度も「ごめんなさい」と繰り返しながら、最後にはダリオと共に走り去っていった。


「……ああ……」


 三人の背中が、暗い通路の向こうへと消えていく。

 アレンは、その光景をただ呆然と見つめていた。


 裏切られた。

 信じていた仲間に。

 この、絶望的な状況で。


 魔力を封じられ、満身創痍の体。

 そして、目の前には飢えた魔獣。

 アレンの心は、深い絶望と、裏切り者たちへの燃え盛るような憎悪に焼かれていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ