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前人未到の輝き

書きため分(第一部)を一気に更新していきます。

基本1日2話投稿。

 王都魔法学園の卒業試験会場は異様な熱気に包まれていた。


 最終課題は『深淵の迷宮』と名付けられた模擬ダンジョン攻略。学園の地下に広がる広大な空間に魔法によって生成された複雑な地形、凶悪な魔物、そして巧妙な罠が配置されている。制限時間内に最深部に到達し、そこに待ち受けるガーディアンを討伐できれば合格。毎年多くの卒業生候補が涙を飲む、学園最難関の試練だ。


 観覧席には試験官であるベテラン教授陣に加え、在校生や一部の有力貴族、そして冒険者ギルドの関係者までが詰めかけ固唾を飲んで魔法水晶(モニタークリスタル)に映し出される候補生たちの奮闘を見守っていた。


「くそっ、また行き止まりか!」

回復薬(ポーション)がもう尽きる……!」


 水晶には苦戦する候補生たちの姿が次々と映し出される。連携が乱れ罠にかかり、あるいは魔物の波状攻撃に為すすべなく脱落していく者たち。今年の『深淵の迷宮』は例年以上に難易度が高いと噂されており、その言葉を裏付けるように合格ラインに到達できそうな者はまだ一人も現れていなかった。


 重苦しい空気が漂い始めたその時、試験官の一人がかすかに身じろぎした。


「次、アレン・ロイド。……始めよ」


 その名が呼ばれると観覧席の一部がわずかにざわめいた。アレン・ロイド。ここ数年で最も才能豊かな生徒と目されながらも貴族出身ではなく、常にどこか飄々として掴みどころのない少年。彼の実力は誰もが認めるところだったが、その真価は未知数だった。


 魔法水晶(モニタークリスタル)に黒髪黒目の少年、アレンの姿が映し出される。彼は迷宮の入り口に立ち軽く肩をすくめると、迷いなく一歩を踏み出した。


 他の候補生たちが手探りで進む中、アレンの動きは異質だった。彼は立ち止まって周囲を観察するかと思うと、次の瞬間には驚くべき速度で駆け抜けていく。まるで迷宮の構造が全て頭に入っているかのようだ。


「ほう、彼はまず空間認識系の補助魔法で広範囲の構造を把握したか。効率的だ」


 試験官の一人が感心したように呟く。だが、アレンの真価はそこからだった。


 最初の難関、ゴーレムが守る広間。他の生徒たちが力押しや連携で突破を試みる中、アレンは違うアプローチを取った。彼はゴーレムの足元に狙いを定め、数種類の異なる属性の初級魔法を同時に精密に発動させた。


「《岩石溶解(ロックメルト)》《急速冷却(クイックフリーズ)》《振動波(バイブロパルス)》!」


 一瞬にしてゴーレムの足元の岩盤が溶け急速に冷やされ、微細な振動で砕かれる。強固なゴーレムはバランスを失って前のめりに倒れ込み、その隙を突いたアレンの放った(ウィンド)(ブレード)が弱点であるコアを一撃で貫いた。


「なんと……複数の初級魔法の精密同時発動だと? しかも属性の相乗効果まで計算しているとは……」


 老練な教授が目を見開く。それは並の魔法使いが一生かかっても到達できないかもしれない領域の技術だった。


 続く罠地帯。床から槍が飛び出し壁から毒矢が射出される古典的な罠だが、その数と速度は尋常ではない。アレンは眉一つ動かさず、最小限の動きでそれらを回避していく。だが、それだけではない。彼は回避しながら手のひらから微細な魔力の糸を放ち、罠の発動機構そのものに干渉していた。


「《機構停止(メカニズムストップ)》……いや、違う。罠の魔力回路に直接介入して誤作動させているのか?」


 次の瞬間、床から飛び出した槍が天井に突き刺さり、壁から放たれた毒矢が別の壁に吸い込まれていく。罠が罠自身を破壊していく光景に、観覧席からはどよめきが起こった。


 そして最深部手前の最後の関門。数十体のガーゴイルがアレンを取り囲む。一体一体はさほど強くないが、数が多く連携も巧みだ。空中からの奇襲は厄介極まりない。

 アレンは不敵な笑みを浮かべると、両手を広げた。


「少し騒がしいな。《静寂空間(サイレントフィールド)》」


 アレンを中心に音のないドーム状の空間が広がる。ガーゴイルたちの連携の要である鳴き声による合図が封じられ、その動きが明らかに鈍る。


「そこだ。《重力増加(グラビティアップ)》:範囲限定」


 特定のエリアだけを狙って重力魔法を発動。密集していたガーゴイル数体が地面に叩きつけられ動きを封じられる。


「仕上げだ。《光条乱舞(レイダンス)》!」


 アレンの手から無数の光の矢が放たれ、統制を失ったガーゴイルたちを正確に撃ち抜いていく。光が止んだ時、そこには一体のガーゴイルも残っていなかった。


 誰もが息を呑む。それはもはや試験ではなく、高位の魔法使いによる模範演技のようだった。


 アレンは汗一つかかずに最深部の扉を開け、ガーディアンと対峙する。

 魔法水晶(モニタークリスタル)はその詳細な戦闘を映す前に、計測時計のカウンターを大写しにした。


「……記録、15分32秒。……なっ!?」


 タイムキーパー役の助手が信じられないという顔で叫ぶ。これまでの最短記録は、数年前に卒業した伝説的な魔法騎士が叩き出した48分05秒。それを3分の1以下に短縮するという、まさに前人未到の大記録だった。


 会場は一瞬の静寂の後、爆発的な歓声と拍手に包まれた。


「信じられん……化け物か、あいつは」

「アレン様、すごすぎる!」

「これが……アレン・ロイドの実力……」


 興奮冷めやらぬ観覧席でピンク色の髪の少女リリアが胸の前で手を組み、目を輝かせていた。


「すごい……! アレン君、本当にすごいわ!」


 その隣では茶髪で筋肉質な青年ダリオが自分のことのように拳を突き上げている。


「はっはー! 見たか、あれが俺たちの仲間になる男だぜ! さすが俺たちの参謀役!」


 彼らの純粋な称賛の声。そのすぐ近くで金髪碧眼の青年ギルバートが苦々しい表情で魔法水晶(モニタークリスタル)を見つめていた。整った顔立ちには賞賛とは程遠い、嫉妬と焦りの色が濃く浮かんでいる。彼はアレンの才能を認めつつも名門貴族出身である自分が、平民出身のアレンにこれほどの大差をつけられたことが許せなかった。その瞳の奥には暗い炎が揺らめき始めていたが、そのことに気づく者はまだいなかった。


 数日後、王都の喧騒から少し離れた冒険者たちが集う賑やかな酒場の一角。

 卒業したばかりのアレン、ギルバート、リリア、ダリオの四人はエールジョッキを片手に新たな門出を祝っていた。


「というわけで、今日から俺たちのパーティー『(あかつき)の剣』が始動だ! 目指すは一流、いや超一流の冒険者パーティーだぜ!」


 ダリオが意気揚々と宣言し、ジョッキを高く掲げる。


「ふふ、ダリオったら気が早いんだから。でも、なんだかワクワクするわね」


 リリアが優しく微笑む。


「まあ、目標は高く持つべきだろう。俺がリーダーとして必ずやパーティーを成功に導いてみせるさ」


 ギルバートは自信満々に言い放つ。その言葉にわずかな棘が含まれていることに、リリアとダリオは気づかない。


 アレンは静かにエールを飲みながら仲間たちの顔を見渡していた。学園で出会った信頼できる(はずの)仲間たち。それぞれの得意分野を活かせばきっとどんな困難も乗り越えていけるだろう。ギルバートのリーダーシップ、リリアの回復魔法、ダリオの剣技とムードメーカーとしての役割、そして自分の魔法知識と分析力。バランスの取れた良いパーティーだ、とアレンは思っていた。


(ギルバートの視線が少し気になるが……まあ、気のせいだろう)


 一瞬よぎった不安を打ち消し、アレンも笑みを浮かべてジョッキを掲げた。


「ああ、これからが楽しみだな。みんなで頑張っていこう」


 四つのジョッキがカチンと小気味よい音を立てて合わさった。


 その言葉通り、「(あかつき)の剣」の滑り出しは順調だった。

 初めて受けた依頼は街の近くの森に住み着いたゴブリンの群れの討伐。ギルバートが前衛で指示を出しダリオが切り込みリリアが後方から支援する。アレンは戦況を冷静に分析し的確な魔法支援(敵の足止め、味方の強化、地形の利用など)を行った。彼のサポートによりパーティーはほとんど危険な目に遭うことなく迅速に依頼を達成した。


 依頼主からは感謝され、ギルドからの評価も上々だった。


「やっぱりアレンがいると違うな! 危ない場面が全然なかったぜ!」


 ダリオが屈託なく笑う。リリアも「アレン君の魔法、本当にすごいわ」と素直に称賛する。ギルバートは「まあ、初陣としては悪くなかったな」と口では言いながらも、アレンの貢献度の高さを内心では面白くなく思っていた。


 それでも、この時点ではまだ彼らの未来は輝かしいものに見えていた。まさかこの先に裏切りと絶望が待ち受けているなど、アレン自身想像すらしていなかったのである。

復讐を遂げて新たな道を目指す第一部完結まで書き終えていますので安心してブクマしてくださいませ。

評価も入れていただけると更新速度アップのモチベに繋がりますのでよろしくお願いします。

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