空木の花言葉3
玄関で知らない女の子と見つめ合っている蒼汰。
(小陰の友達か?いや、制服が違うな。…マジで誰?)
ジロジロと怪しんでる目で見てくる蒼汰の視線に女の子は我慢の限界を迎えた。
「あ…あのぉ!…痔はもう…大丈夫なんで…すか?」
(じ?…じ?…はっ!字!?)
「お前…」
「や、やっと気づきましたか」
「…Hibari先生のファンだな!?」
予想の斜め上より更に上の言葉に女の子は驚いた。
「ひ、ひばり先生?な、何をい、言ってるんだコイツ…この人は…」
俺はHibari先生の創作時間を守る為。身を呈して守ろうと玄関から出てドアを閉めた。
たとえこの女がテロリストで爆弾を爆発させようとも、Hibari先生だけは守ってみせる。…出来れば家も。
俺は両手を広げ。中腰になり。サッカーのキーパーの格好でディフェンスに入った。
「な、何をし、してるんだ…コイツ…こ、この人は」
「どっからでもかかってこいやぁー!!」
理解不能な蒼汰の動きと言動に戸惑った女の子はドン引きしていた。
「か、風陰…くん。そ、そんなキャラだ、だったのか。が、学校じゃ…そ、そんな感じ、し、しなかったけど。に、二重人格者…か」
(ん?今…学校←って言ったか?このテロリスト)
ディフェンスを止め。テロリストの姿をよく見ると、俺が通う高校の制服だと気づいた。
「……1年生?」
「に、2年生だっ!お、同じクラスの…石川鳳…だ。…です」
「石川…鳳?」
「風陰ー何かあったのー?」
玄関が騒がしかったので様子を見にきた美空がドアを開けると、ドアが蒼汰の後頭部を強く殴打した。
「いてっ!!」
「えっ!?あ、ごっめーん風陰!…って石川さん?」
ドアの衝撃は凄まじく。蒼汰はその場にしゃがみ込んだ。
そして、急に蒼汰の家から現れた美空に驚いた鳳。
「…石川さん?」
「く、久瀬さん?…お、お尻は、だ、大丈夫ですか?」
「お尻?なにそれ?」
「か、風陰くんが、い、言ってま、ました。お、俺とく、久瀬さんは『痔』…だと。こ、肛門外科に、い、行くと…」
(いててて…なんだなんだ?何がどうなってるんだ?)
ドアの衝撃でアドレナリンが全部吹き飛んだ蒼汰は。正気?にもどった。
数時間くらいの記憶があやふやだが、大事な事はしっかり俺は覚えていた。
久瀬さんが家で新作を描くこと。そして、俺がその新作をこの世界で一番最初に目を通す事。それだけ覚えておけば生きていけそうだ。
フッと前を見ると、知らない女子が立っていて。
その女子は、俺の隣を見上げてガタガタと震えていた。
(まだ3月とはいえ、子どもには寒いか…ははっ)
「かーぜーかーげぇぇぇー」
聞いたことのない恐ろしい声で俺を呼ぶ声に恐る恐る顔を上げると…久瀬さんが鬼のような顔で腕組みしながら俺を睨んでいた。
「……はい?」
「あんたぁさ、何て理由で学校を早退すること、許してもらったのぉ?」
「んん〜…えっと…」
(…あれ?マジで何だったけ?)
「石川さんが『痔』って言ってるんだけどぉ?本当なのぉ?」
「じ?…じ、じ…あ、そうだ!『痔』だ!」
そう口にした刹那。久瀬さんのゲンコツが俺の頭に大気圏を突破して落下してきた。
「いてっ!」
「あんたバカじゃないの!?何で早退の理由が『痔』なのよ!?」
「すいません!…あの時は一番いい理由だと思ったので…」
「あんただけ『痔』にすれば良かったでしょ!何で私まで同じ理由にするのよ!どうするのよ!?私が『痔』って噂が広まったら!」
「あ、あのぉ…」
俺と久瀬さんの会話に石川?とかいう子どもが話に割って入ってきた。
「…えっと…も、もう、ぜ、全員…知ってると思いま…す」
石川?とかう子どもがそう言うと…久瀬さんの方から見えない圧が押し寄せてきて、その圧に潰されそうになる。
…確か…石川…鳳だったかな?
何で石川は今日初めて話すというのに、可哀想な子を見る目で俺を見てくるのだろう?
そしてなぜ。何もしていないのに…ドン引きしてるのだろう?
「かぁーぜぇーかぁーげぇぇー」
久瀬さんの声に死兆星がハッキリ見えてしまった俺は、体が勝手に反応してその場を飛び出した。
スーパーの前。
「おにーちゃん遅いな〜」
「お、お待たせ小陰〜」
「やっと来た!何してたのおにー…」
何故か泣いている蒼汰に小陰は声を失った。
「どうしたの!?おにーちゃん!?」
「それがさ…」
リビングにて。
皆がテーブルで鍋をつついているのに、蒼汰はひとり。台所で立ってごはんを食べていた。
「そりゃ美空さんが怒るのも当然ね(笑)」
「小陰ちゃんもやっぱりそう思うよね?普通ありえないでしょ?女の子の早退の理由に『痔』を使う人なんて!」
「美空さん。ホントに、うちのバカ兄がすみません」
「小陰ちゃんが謝る事じゃないよ!…どっかのバカがこれからどう責任取ってくれるのか楽しみね!?」
そう言うと久瀬さんは台所でひとり。小陰が持ってきてくれた鍋を食べている俺を睨んだ。
ぼっちメシには慣れていたが。まさか…家でもぼっちメシする事になるとは…思ってもいなかった。
「石川さん、この肉団子美味しいですよ!どうぞ」
「あ、ありがとう、ご、ございます。い、いいですか?わ、私もご馳走に、な、なって。ぷ、プリントを、た、ただ届けた…だ、だけなのに」
「もちろんですよ!鍋は人数が多い方が美味しいですから」
「よ、よく出来た、い、妹さんです…ね。そ、それに比べて…あ、兄のほうは…」
そう言うと石川さんは俺の方を見た。…だから何でそんな目で俺を見るんだ。
寂しい晩飯を済ませ。風呂にも入り。部屋のベッドの上で今か今かと俺は待っていた。
時刻は日付が変わる1分前。俺の部屋を誰かがノックした。
「風陰…起きてる?」
「起きてます!今、開けますね」
ドアを開けると、恥ずかしそうに立っている久瀬さんが姿を現した。
「…なに?」
「その寝間着どうしたの?」
「あ、これ?…風陰のお母さんの小陰ちゃんが貸してくれたの」
(ほうほう)
かーさんが着るとババ…大人の女性な感じがするが。
久瀬さんが着ると…何だろう…なんか…凄くいい!
「…入っていい?」
「…あ、どうぞどうぞ」
俺は椅子に腰かけ、久瀬さんがノートパソコンを机上で開いて「カチャカチャ」と操作し始める。
(…なんか…いい香りするな…)
画面にHibari先生の新作が表示されると、俺は深呼吸してから画面に目をやり。久瀬さんはベッドに腰かけて、俺の枕を抱きながら俺の背中を見つめていた。