空木の花言葉2
「この数式は、ここがこうなるから…」
午後の授業はとっくに始まっていて。急に激しく教室のドアが開いたのに全員が驚いてドアの方を見た。
蒼汰は教室に入ると、自分と久瀬美空の鞄を持って教室を出ようとしたが、教師に止められた。
「ちょっとキミ!待ちなさい!えっと…かぜ…風村?」
「俺は風村ではないですが何ですか!?」
「何ですか!?じゃないだろ!授業はとっくに始まってるんだぞ。体調でも悪いのか?」
黒板の日直の所に『寿』と書いてある文字が蒼汰の目に入り、『痔』と読み違えたのと、久瀬美空を校門で待たせていた事を重ねて勢いそのまま口を開いた。
「『痔』です!」
「えっ!?じ?」
「そうです!尻にできるあの『痔』です!」
教師は蒼汰に圧倒され、帰宅する事を許す。
「そ、そうか…痔ならしかたないな。お大事に」
「先生もお気をつけてっ!」
教室を出ようした蒼汰をまた教師が止めた。
「あっ、風村!」
「はいっ!?風村じゃないですけど何ですか!?」
「それ、久瀬の鞄だろ?久瀬はどうした?」
「……久瀬さんも痔です!」
「な…なぁにぃぃー!!!???」
クラス全員が驚きの声を同時に上げる。
「なので、これから二人で肛門外科に行ってきます!」
そう言い放ち、蒼汰は教室を後にし。教室に残された教師と生徒達は呆然とドアの方を見ていた。
この時の蒼汰を誰も止められないだろう。
頭の中はHibariの事でいっぱいで、他の何も入る隙間は寸分もなかった。
しかし、この時の出来事を蒼汰は死ぬほど後悔して反省する事になるのだが………今はそっとしといてやろう。
校門に着くと久瀬美空が不安そうな顔で待っていた。
「お待たせしましたHibari先生!」
「もう鞄取ってきたの?先生とか大丈夫だった?」
「えぇっと…」
(あれ…?俺…先生に何て言ったっけ…?ま、いっか)
「ぜんぜん大丈夫です!上手く言っておきましたから!」
自信満々にそう言う蒼汰の言葉を久瀬美空は信じる。
「そう。分かった。それで、どこで描くの?」
「絶対に誰にも邪魔されない場所ですよ!」
「えっ…そ、それって…」
久瀬美空は頭である場所を連想していた。
「そうです!家です!」
「…あ、そ、そうよね。最初からぁ分かってたけどねー」
「…顔が赤いけど大丈夫ですか先生?」
「あ、赤くないし!…さっさと行くわよ!」
そう言うと蒼汰から鞄を受け取った久瀬美空は速歩きで歩きだした。
蒼汰の家に着くまでに大勢の男が久瀬美空に声を掛けてきたが、蒼汰が全て追い返した。
その姿に久瀬美空は蒼汰を頼もしいと感じ。安心して隣を歩く事ができた。
家に着くと蒼汰は途中で買った飲み物や食べ物を冷蔵庫にしまっていて。久瀬美空はリビングのソファーに腰掛けた。
「どこで描きますかHibari先生?」
「えぇっと…リビング…かな?」
「分かりました!では、俺は部屋にいるので、何か用がありましたらスマホに連絡下さいね!」
そう言うと蒼汰は自室の二階へと向かう。
「あ、ちょっと!…連絡してって…連絡先、知らないんですけど」
久瀬美空は毛先をイジりながら口を尖らせた。
自室に入った蒼汰はルンルン気分でブレザーを脱ぎ。ダンスを踊りながらネクタイを取った。
「あ~!なんて素晴らしい日なんだー。なんて素晴らしい人生なんだー。まさかこんな日が来るなんてー。生きてて良かった…生きてて良かったー!!!」
蒼汰の声はリビングにいる美空まで届いていた。
「な、なに叫んでるのアイツ?…はぁー…何でなんにも描けないの…ちょっと前までは、雨のように文字とストーリーが降ってきてたのに…はぁ…」
ノートパソコンを閉じ、ソファーで仰向けになった美空は横向きに体勢を変えると目を閉じて。さっきの帰り道の蒼汰の姿を思い出しながら頭の中で文字描写した。
「……あっ……描けそう…」
ソファーから体を起こし、テーブル上のノートパソコンを開くと美空はキーボードを叩き始めた。
一方その頃蒼汰は自室にて。
「さ、さぁ〜ん…し、しぃ〜…あ、ダメだ!」
謎に腕立て伏せをしていた蒼汰は、曲げた腕が戻らず床に伏せた。
「はぁ…はぁ…三回も腕立てできれば…大丈夫だろ…」
何が大丈夫なのか全く分からないが。Hibariの新作を今か今かと待っている蒼汰はアドレナリン全開であった。
「…Hibari先生…大丈夫かな?」
俺は下で創作中のHibari先生の様子が気になり。そっと一階に降りてリビングのドアを開けると。ノートパソコンとにらめっこしているHibari先生の姿を見て、少しホッとした。
(なんだ。スランプとか言ってて、描けてるじゃないですか)
「あ、そうだ。小陰にHibari先生のこと伝えなきゃ」
小陰にLINEを入れるとすぐに返事はきた。
『今日、家にHibari先生泊まるから』
『美空さん泊まるの!?』
『そうだ!新作書いてるんだぞ!家で!』
『そうなの?じゃ、夕飯は豪華にしないとね!』
『おう!頼む!』
『何か買い物してきた?』
『買ったぞ!』
『何、買ったの?』
『お菓子と飲み物と、あとおやつだな!』
『今から買い物行くから、いつものスーパーにきて』
『オッケー!妹よ!』
リビングのドアをそっと開け。恐る恐るHibari先生に俺は声をかけた。
「あの…先生?…ちょっと、買い物に行ってきてもいいですか?」
「………あぁぁー!!ダメだこんな描写じゃ!!」
急に叫ぶHibari先生に驚いたが、邪魔してはいけないと、そっと静かにリビングを出て玄関に向かう。
靴を履いてドアを開けると何かがドアにぶつかる感触がした。
(ん?なんだ?何か当たるな)
数回、開け閉めを繰り返していると、ドアが急に喋りだした。
「あうっ!あうっ!い、いい加減にし、して下さい!」
隙間から覗くと、小陰より小さいショートヘアーの片目だけ出してる女の子が頭を両手で押さえて立っていた。
「………誰?」