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スプレーマムの花言葉6

薄暗い牢屋の中で俺と寿は寄り添っていた。


ずっと薄暗い場所にいると、今が朝なのか昼なのか夜なのか、何時なのかも分からない。そんな状況の中、俺達は何も話さずただただ寄り添って互いの体温や微かに耳に入る呼吸音を感じでいるだけだった。


吐く息は微かに白く。少し震えている寿は自分で腕を擦って寒さを凌ごうとしていて。


「…寒いか寿?」


「…少し…寒いですわ」


着ていたジャケットを脱いで寿にかけようとすると寿は慌てて俺の手を止める。


「それでは蒼汰様が風邪を引いてしまいますわ」

「俺は大丈夫だ。『馬鹿は風邪を引かない』って言うだろ?」


俺の言葉を聞いた寿は抵抗を止め。ジャケットをかけると腕の部分を手に取って匂いを嗅ぐ。


「今日は汗かいたから臭いよな」


「そんな事はありませんわ。…とても私好みのいい匂いです」


「私好み←ってなんだよ(笑)」


「蒼汰様はお寒くありませんか?」


「俺はへい…へ…へっくしゅんっ!」


「やっぱりお寒いのではありませんか」


「鼻にホコリが入っただけだ」


そう寿には言ったが嘘だった。本当は寒くてジャケットの偉大さを痛感していた。


「…やっぱり蒼汰様はお優しい人ですわね」


「ん?何か言ったか?」


「なんでもありませんわ」


そう言うと寿は更に俺に寄り添い、俺達の距離は更に縮まる。


薄暗くて寿の顔は見えなくてどんな表情をしているか分からなかった。でも、何となくだけど微笑んでいるような気がしていた。


「なぁ…寿」


「はいっ」


「……どうしてそこまで俺なんかを好きになってくれるの?」


俺の唐突な質問に寿は直ぐに返事をした。


「どうして?…そうですね…蒼汰様は『どうしてHibari先生の本が好き?』という質問になんと答えますか?」


寿は質問に質問で返事を返す。


「え?…そうだな…やっぱりストーリーは面白いし。描写も好きだし。あとは…」


「それは『Hibariのどこが好き?』という問の答えですわね」


「えっ?…あ、確かに」


「それでは『どうして好き?』の答えは?」


「えっと……アレ?……」


『どこが好き?』の問には直ぐに答えられるが。『どうして好き?』の問には直ぐには答えられなかった。


答えはどちらも『好き』という答えなのだが。『どこが』と『どうして』では何か違うモノを感じて『どうして』の後の言葉が出てこなかった。


「おかしいなぁ?」


「ふふっ。ぜんぜんおかしくありませんわよ蒼汰様。好きな人やモノに好きな理由なんて不要なんですもの」


「いや、必要だろ好きな理由は」


「そんなのいりませんわ。…なぜなら…好きになってしまえば後は永遠と好きなだけですもの。理由が必要なのは好きになるまで。好きになった時だけ。で十分ですわ」


寿の見解には賛否両論あるかもしれないが、俺は妙に納得した。


確かに…好きになってしまえば後はずっと好きなままだ。例外はあるが、好きになる前は理由が必要だけど。好きになった後に理由は要らないと思えてきた。


確信を突かれた様に面食らっていた俺は今度は質問を変えて寿に質問してみた。


「…俺のどこを好きになったんだ?」


「…それは…」


寿が俺の問に答えようとした時、牢屋の扉が開いた。


「姫様。お館様がお呼びです。風陰殿と一緒にと」


「…分かりましたわ。直ぐに向かいますわ」


ジャケットを脱ごうとする寿を止めて俺は立ち上がる。


「そのままでいいよ。行こう寿」


「蒼汰様」


そう言って俺が差し出した手を握って寿は立ち上がった。


牢屋を出て廊下に出ると人工的な光をやけに眩しく感じながら廊下を寿と手を繋いで進んで行く。


案内された部屋の中へ入ると寿の父親だけが居て、片膝を立てながらあぐらをかき、刀を立てて持ちながら俺達を待っていた。


「待っていたぞ寿。…その繋いでいる手はなんだ!?離せ寿!」


「嫌ですわお父様。絶対に離しません」


「ぐぬっ…寿がこんな反抗的になったのも全て…貴様のせいだ風陰蒼汰!!…どうやって罪を償わせてやろうか」


「待って下さいお父様!」


「これはワシとそいつの話しだ。寿は入ってくるな」


「嫌ですわ!お父様!」

「いや、寿。お父さんの言う通りだよ」


「…蒼汰様?」


「これは俺とお父さんで決着をつけるべきだ」


「ほぉ…そんな顔も出来るのか貴様」


蒼汰と一刀は互いを見つめる。


全てを見通す様な漆黒色の一刀の瞳に飲み込まれて倒れてしまいそうになる自分を必死で抑えながら蒼汰は口を開く。


「…最初に言っておきますが…俺と寿はお父さんが思っているような関係ではありません」


蒼汰の言葉に少し安堵な表情を見せる一刀だが、直ぐに険しい表情に戻り口を開く。


「…当たり前だ!貴様の様な男とワシの大事な娘がそんな関係であってたまるかっ!…寿には柳生家に相応しい男と…寿を一生守っていける男と一緒になってもらわねばならん。…これは寿を生むのと引き換えに自分の命を差し出した寿の母、(かなう)の最後の願いでもあるのだ」


「…寿のお母さんの…最後の願い」


「そうだっ!」


寿を見ると出会ってから初めて見せる悲しげな表情をしていた。


「叶は最後にワシにこう言った…『寿を私の分まで愛して下さい。私の分まで幸せにしてあげて下さい。私の分まで寿を守って下さい』…そう言って…叶は息を引き取った…」


悲しげに、その時を思い出してそう口にした寿の父親は今は亡き最愛の人を想うがゆえの表情を浮かべて唇を噛み締めた。


「…そうだったのか…寿」


「…はい。…私はお母様に実際にはお会いした事はありません。…写真と映像とお父様が語る言葉の中だけでしかお母様を知りません…」


そう言うと寿は首から下げているペンダントの蓋を開けて中に入っている写真を見せる。


写真には若き日の寿の父親と、寿にうり二つの寿の母親が仲睦まじく笑い合っている姿が写っていた。


「…私は…お母様に抱きしめられた事も。お母様に頭を撫でられた事も。お母様に怒られた事も。お母様に『愛してる』と言われた事もありませんが…お父様の語る言葉の中で行きているお母様を…私は愛しております」


寿の言葉に目頭が熱くなる一刀。寿の姿が叶と重なり、悲しげな表情をしている二人の姿を見て一刀は怒りを蒼汰に向ける。


「貴様の事は全て調べてある風陰蒼汰。貴様のどこに惹かれる要素があるのかワシには理解出来ないが、寿が貴様に惹かれているのは事実。…だが…これで分かっただろ?自分自身が一番分かっているだろ?…自分は寿に相応しくないと」


「蒼汰様はお父様が思っている様な方ではありませんっ!とても立派で男らしい方ですっ!」


「お前は騙されているだ寿っ!」


「そんな事はありませんっ!蒼汰様は私が自分の目で、自分の心で感じて惹かれた方ですっ!」


「黙れ寿っ!これは柳生家当主のワシの決定だっ!誰にもこの決定は覆せわしないっ!」


「どうして…分かって下さいらないのですか…お父様」


寿は両手で顔を覆い肩を震わせる。


この二人の言い争いの原因は俺だ。俺はこの場に居てはいけなかった存在だ。


何も考えず軽い気持ちでこの地に来たバカな自分を今すぐにでも消し去りたいが。それよりも先に俺にはやらないといけない事がある。俺じゃなきゃ出来ない事がある。


両手で顔を覆って震えている寿の両肩を俺が掴むと寿は両手で覆っていた手を退けて泣き顔を露わにする。


「…蒼汰様」


「寿…俺に告白するんだったんだろ。…今…ここでしろ」


唐突な蒼汰の言葉に少しの動揺も見せず。寿は蒼汰が両肩から手を離すと涙を拭って蒼汰の目を真っ直ぐに見つめる。


「…私は…蒼汰様を愛しています」


寿の告白に蒼汰は少し間を置いて微笑む。

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