鈴蘭の花言葉10
美空は自室の机でパソコンと向き合っていた。
「……あぁ〜!…ダメだ…気になって描けない…」
机の上にうなだれながら蒼汰と鳳の事を思い出す美空。
(…まさかね…鳳ちゃんが蒼汰のことを…)
鳳が涙を流す姿を思い出していると、部屋のドアをノックして美空の兄、零士が部屋のドアを開ける。
「美空。どうだ?」
「…お兄ちゃん…私…もうダメかも…」
「なら辞めるか?」
「……辞めるわけないでしょ」
両手で両頰を『パチッ』と叩くと再びパソコンと向かい合う美空。零士は美空のその姿を見て安心した表情を浮かべてドアを静かに閉める。
放課後の部室。
「そ、蒼汰。こ、これ」
「ん。はい、鳳これ」
美空は部室で互いの描いた作品をいつものように交換して読み合う蒼汰と鳳の姿をじっと見ていた。
まるで一昨日の事が嘘か幻だったかのように普段通りに接する二人。
「……ど、どうしました?く、久瀬さん?」
美空の視線に気付いた鳳が美空に声をかける。
「な、何でもないわよ」
そう言って視線を蒼汰に向けると、蒼汰は美空を怪しんだ目で見ていた。
「な、なによ?」
「…別になにもないですよ」
「何よその言い方?」
険悪そうな蒼汰と美空にアタフタする鳳。
今日の朝。部室に呼び出された美空は蒼汰から鳳の罰ゲームの事について反省するように言われた。美空は本当の事を言うか迷ったが…大切な友達の為に自ら悪役を演じる事を決めた。
「反省してるわよ」
「本当ですか?」
(しつこいわね!クソ陰キャのモブぼっちのクセにっ!)
蒼汰の態度に頭にきた美空は本当の事を教えようと思ったが、脳裏に鳳が泣く姿が過って悪役を演じる事を再び選んだ。
「…ごめん…なさい」
「鳳にもちゃんと謝って下さいね」
「…分かってるわよ」
自分で選択した事とはいえ、「なんで私が」とつい思ってしまう美空は鳳に対しても一方的に怒りを覚えたが。教室でいつもの様に話しかけてくれる鳳の姿を見ると。その一方的な怒りは何処かへ飛んで消えて行った。
それとは対照的に怪しんだ目で見てくる蒼汰に対しての怒りは時間と共に募っていくばかりであった。
(…モブのクセに)
私生活でのストレスはHibariとしての創作活動にも影響を及ぼしていて、新作の〆切が一ヶ月後に迫っているというのに全く物語が進んでいない状況に焦りを感じる美空。
自室にて。
「……ダメだっ!!」
パソコンのキーボードを叩く手を止めて美空は叫んで頭を抱える。
「…どうするのよ…このままじゃ…確実に間に合わない…」
フラフラと立ち上がってベッドまで移動すると美空はベッドへ倒れ込む。
(…鳳ちゃんが泣く姿が…頭から離れない…)
美空は目を瞑ると、そのまま夢の中へと入っていく。
それから一週間ほど。授業中でも休み時間でも放課後の部室でもずっと物語の続きを考えていた美空だったが、何も思い付かず何も思い浮かばずイライラはMAX状態に入っていた。
美空がイライラしている事に気付いていた蒼汰と鳳の二人は、二人で話しをして美空をそっとしておこうと決めた。そして、寿にもその事を伝えたのだが…
「蒼汰様っ!」
「うわっ!…急に抱きつくなって言ってるだろ寿」
寿は蒼汰と鳳から話しをされたにも関わらず。相変わらずいつものように蒼汰にちょっかいを出していた。
寿にも鳳の嘘に自分が加担している事を話した美空。いくら寿であっても話しを聞いてくれるだろうと思っていたが寿は美空からの話しを聞くと不適な笑みを見せた。
寿に話しをしたのを間違いだったと後悔した時にはもう時すでに遅し。寿は事あるごとに美空をイラつかせてくる。
少しは理解し合えてきたと勘違いしてた自分をバカだったと自分を責める美空。
「やめろ寿」
「何でですの?」
「や、やめろ柳生。は、話しをしただろ」
「何のです?」
「く、久瀬さんはい、今、な、悩んでると」
「……あぁ〜」
寿には美空がHibariという事は隠しているので、美空が今、悩みを抱えているという部分だけを寿には伝えていた。
「…ふふっ」
寿は素敵な笑みを見せて笑うと口を開く。
「自分で蒔いた種じゃありませんか。それを何で私達が気を使わなければなりませんの?それは自分で何とかしないといけない問題ですわ。久瀬さん自身の力で」
寿の言葉は鳳の嘘に加担した美空に対して言葉だったが。新作の創作が上手くいっていないHibariに対しての言葉とも重なって聞こえ。キーボードを叩く手を止めた美空。
「寿!お、お前っ!」
蒼汰が寿に叫ぶ。
「人にはそれが必要な時と必要でない時がありますわ。今回の場合は後者だと私は思います。…それでも前者を選んだのなら…その覚悟を貫き通すしかありません。…そんな覚悟がないのなら今直ぐに本当の事を伝えるべきです」
寿の言葉は美空に突き刺さった。
「な、なんの話しだ?や、柳生?」
寿の言葉が何の意味を示してるのか分からない鳳がそう問う。そして、途中まで話についてこれていた蒼汰もまた、寿の言葉が何を示して何を伝えているのか分からなかった。
美空は静かに立ち上がるとノートパソコンを鞄に入れて鞄を持つと部室を出て行った。
「久瀬さんっ!」
部室を出て行った美空を蒼汰は追いかける。
部室のドアが閉まると寿は大きなため息を吐く。
(めんどくさい人ですわね久瀬さんわ)
「や、柳生」
鳳は寿の腕を掴む。
「い、今のは…お、お前の言ったこ、言葉の意味が…わ、私にはわ、分からなかった。…い、いったい…お、お前は何をい、言っていたんだ?」
鳳の腕を振り払おうと思えば簡単に出来たが。寿は鳳の手を優しく掴んで離すと口を開く。
「…本来なら私の口から伝えるべきではありませんが…いいですか石川さん。久瀬さんは…」
一方で蒼汰は走って美空を追いかけていた。
「く、久瀬さん!」
ようやく美空に追いついた蒼汰は息を切らしながら美空の腕を掴んだ。
「はぁ…はぁ…久瀬さん…足…速すぎですよ…」
今にも膝から崩れ落ちそうになる足を踏ん張って蒼汰は立っていた。
「…何があったんですか?…寿の言葉の意味はいったい…」
振り返った美空の顔を見て蒼汰は言葉を失った。
蒼汰の目に飛びこんできたのは久瀬美空ではなく『孤高の女王』と呼ばれていた頃の久瀬美空だった。
空よりも蒼く氷のように冷たい目と目が合った蒼汰は、全身を氷漬けにされたような感覚に襲われ。息をするのも忘れていた。
「……私に何の用?」
孤高の女王が表情を変える事なく。まるで初めて話すかのように蒼汰にそう問いかける。
「……用がないならこの手を離して」




