向日葵の花言葉
「おにーちゃん!いつまでお風呂入ってるの!?」
小陰の声で正気に戻った俺は、自分が風呂に入っていることを今、認識した。
あのレストランでHibari先生にサインをもらった後の記憶が全くないのだが…俺はどうやって家に帰ってきてどうやって風呂に入ったのか…全く思い出せない。
湯船の中で腕を組みながら考えていたが、考えても考えても全く何も思い出せない。
(思い出せないのに考えてもしょうがないか…)
そう思い、俺は湯船から出てドアを開けようとしたが勝手にドアが開いて、開いた先に小陰がいた。
「いい加減にしてよ!おにー…ちゃ…」
怒りの表情から段々と真顔に戻っていく小陰の顔を見て、俺は全てを悟った。
「いっ…いやぁぁぁぁぁぁ!!!」
その場でくるりと回転した小陰の左足が、俺の腹部を貫いて俺はその場にうずくまった。
走って去って行く小陰の背中に向けて俺は右手の親指を立てて上げられる範囲で腕を上げる。
「こ、小陰…お前の回し蹴り…世界…とれる…ぜ」
『風陰蒼汰ここに眠るパート2』
ドライヤーで髪を乾かしながらも、歯磨きをしながらも、俺が考えている事はただ一つ。久瀬美空の事ばかりだ。
未だに久瀬美空がHibari先生だという事が信じられない。
でも…あの時レストランで久瀬さんから自分がHibariだと聞いた瞬間に全ての線が一本の束になったのは事実だ。
だとすると…やっぱり久瀬さんがHibari先生だというのは本当の事なんだ!これは…これは凄いぞ!
自分の好きな作家が同じ学校に通っているなんて…まるでラノベの世界じゃないか!
しかも、その人が学年一…いや、学校で一番の美人なんて…まさにラノベの世界そのものじゃないか!
これは…これは…これは凄い事になってきたぞぉーー!!
いやっ…待てよ蒼汰。
もう少し冷静になって自分を俯瞰して考えろ。
例えばだ。例えば、もし、久瀬美空がラノベ作家のHibari先生だとバレたら……ん?…別に問題ないな。
そもそもうちの学校で、俺以外にラノベを読んでいる人なんているのか?
うちのクラスだけじゃなく、他のクラスの生徒もだいたい全員パリピだしな。
うん。この件は特に問題ないな。よしっ、次の問題だ…
俺は風呂場を出てリビングに向かいながらもずっと問題点を探していた。
「あ、おにーちゃん。やっと上がったぁー」
「…おー」
「さっきの件、後で家族会議だからね」
「お邪魔してまーす」
「…あ、ども。いらっしゃい」
俺は自分の部屋に向かい、ベッドの上であぐらをかきながら腕を組んで俯瞰して考える。
(さっきの問題をもう少し俯瞰して考えてみよう)
パリピといっても本を(ラノベかは分からんが)読む人くらいは少なからずいるはずだ。
もし…もしもだが。Hibari先生を知ってる人が久瀬さんが本人だと知ったら、そりゃサインをもらったりしにくるだろうな。
(俺ももらったし…)
問題はその後だ。久瀬さんが有名な作家だと知った周りの奴らは必ずその話題で久瀬さんに近づいてくるだろう。
そして、『孤高の女王』とか呼ばれているが、久瀬さんはとても気さくで親しみやすい人柄だから。その親しみやすい人柄を知った連中がまた久瀬さんにアプローチをかけ始めるのは必然。
そうなってしまうと、『第二次久瀬美空争奪戦』が始まるのも必然だ。
まぁ、争奪戦が始まったところで、久瀬さんに完璧な返答を出来る奴なんて現れないと思うけどな。
そもそも、久瀬さんがHibari先生だと分かったら、俺みたいに神として久瀬さんを敬えるのか?
でもなぁ…本当に久瀬さんは神なのに優しいからなぁ。
いや、神だから優しのか?
「久瀬さん。本当に気さくでいい人だからなぁー。さっきも俺に普通に話しかけてくれたしな。…………えっ………さっきも?」
リビングでは久瀬と小陰がアイスの食べあいっこをしていた。
「美空さんのそれ美味しいー」
「でしょ?私ね、美味しいアイス選ぶの上手いんだよね」
「もう一口いいですか?」
「ん?いいよ。はいっ、あ~ん…ねぇ、なんか足音聞こえてこない?」
その時、リビングのドアが激しく開く。
「あ、風陰。あんたも食べる?アイス」
「…か、神いたぁぁーー!!!!!」
興奮のあまり俺は心の底から叫んでしまった。
「もぉっ!おにーちゃんうるさい!」
「ビックリしたぁー…え、なに?カミュ?」
「小陰!ちょっとこっちこいっ!」
小陰の手を掴んでリビングを出て行くと、俺は小陰に尋問を始めた。
「なに?なんなの?」
「あれはどうゆーことだ?何でHibari先生が家にいるんだ?」
「何言ってるのおにーちゃん?帰り道で今日は家に泊まるってなったでしょ?覚えてないの?」
「う、家に泊まるー?Hibari先生が!?」
「うん」
「……小陰。すぐに高級マンションに引っ越すぞっ!」
「は?何言ってるのおにーちゃん?」
「お前な!神をこんな狭い家にお泊めさせるわけにいかないだろ!?すぐに荷造りだ!40秒で仕度しろっ!」
「はぁー…ホントに…ラノベの事になるとバカなんだから!」
俺達の会話が聞こえたのか、神がリビングのドアを開けた。
「ねぇ…」
「は、はいっ!」
「私…帰った方が…いい?」
「そんな訳ないじゃないですか美空さん!今日は一緒に寝る約束したんですからぁー」
小陰は神に抱きついた。
「ふふっ。小陰ちゃんは可愛いね」
神が俺の妹を抱きしめた。
神秘的存在に自分と同じ血を分けた妹が近すぎて…
その光景を見ていた俺は……
俺は……俺は……気を失った。