桔梗
中学二年の時の小陰。
「風陰さんっ!好きです!付き合って下さいっ!」
「えっと…ごめんなさい」
フラレた男子生徒は泣きながら去って行く。
教室に戻ると小陰の親友の杉咲月が小陰に抱きついてきた。
「うわっ!…もう…月。いきなり抱きつくの止めてって言ってるでしょ」
「つい癖で(笑)…で?またフッたの?」
「そうだけど」
「相変わらずモテモテだね小陰(笑)」
今月に入って小陰は八人に告白されていた。兄の蒼汰と違い、小陰は学校で友達も多くて男子生徒に人気がある学園のアイドル的存在だった。
(毎年この時季になると多いのよねぇ)
季節は12月。12月にはクリスマスというビッグイベントがあるので男子達は是が非でも小陰とクリスマスを過ごしたいという思いから告白する男子がこの時季に多くなる。
それだけでなく。12月23日は小陰の誕生日という事もあって、一緒に誕生日とクリスマスを過ごしたい男子から告白される数が増える。
「小陰。23日は予定大丈夫?」
「大丈夫だよ。月は部活は?」
「その日は部活休みだからウチも大丈夫!」
「ならよかった。集合時間、忘れないでよ」
「アイアイサー!」
小陰と月が出会ったのは中学に入ってからだった。
中学一年の時。上級生からしつこく迫られていた小陰を柔道部の月がたまたまその場面を見て助けたのが仲良くなったきっかけ。付き合いはまだ短いが、小陰が本当に心を許せる友人の一人で月への小陰の信頼は誰よりも厚かった。
学校が終わるとスーパーで買い物をして家に帰り。すぐ夜ご飯の仕度に入る小陰。暫くすると玄関の方から「ガチャガチャ」と鍵を開ける音が聞こえてきた。
(あっ、おにーちゃん帰ってきた)
「ただいま〜」
「お帰りおにーちゃん」
「小陰。見て見て変な顔」
「…つまんないよ」
「えっ!?今日一日かけて考えた自信の変顔なのにぃ〜」
「そんなくだらない事してないで手洗いしてきて。ご飯もうすぐ出来るから」
「へいへーい」
拗ねたおにーちゃんは口を尖らせながら洗面所へと向かう。
「ふふっ」
もう高校生なのに授業中にずっと私を笑わす為に変顔を考えているおにーちゃんの姿を想像したら何だか可笑しくなってきて口から笑いが零れてしまった。
私の兄。風陰蒼汰は今年から鈴蘭高校に入学したばかりの高校一年生。勉強は平均くらいで運動は全く出来ない。そして今まで友達が出来たことがない。いわゆる『ぼっち』と呼ばれる部類の人。
こんなに面白くて優しいおにーちゃんに友達が出来ない事が私には不思議でならなかった。
「「いただきまーす」」
私とおにーちゃんは他愛も無い話しをしながら夜ご飯を食べ進める。
「おにーちゃん。友達はできた?」
「できると思うか?」
「思ってない」
「…なら聞くなよ」
「そんなんで将来どうするの?ずっと一人では無理だよ」
「一人じゃない。俺には小陰がいる」
ナチュナルにそう私に言ってご飯の続きに入るおにーちゃん。
おにーちゃんは不意にナチュナルにそういう事を言ってくる。不意打ちを受けた私は顔を赤くする。
「バ、バカなのおにーちゃん?私がずっとおにーちゃんの側にいると思ってるの?私だっていつかは結婚してこの家を出て行くんだよ?」
私の言葉におにーちゃんはご飯を食べる手をピタッと止めてプルプルと震えだす。
「……そ、そんな事言うなよぉぉ小陰ぁぁ。おにーちゃんには小陰しかいないんだからなぁぁ」
そう言って本気で泣き出す私の兄。
「ごめんごめん。何処にも行かないから泣かないでおにーちゃん」
「…本当だぞ?嘘ついたらデコピン100回だぞ?」
「本当だから。ね?ご飯の続きしよ?」
クスンクスン言いながらおにーちゃんはご飯を食べ始める。
おにーちゃんは私を大好きなようで、私もおにーちゃんが大好きだから本当に将来が心配で仕方ない。私もいつかは結婚してこの家を出る。その時、おにーちゃんは何をしているのか想像もつかない。…いや。想像できる。絶対引きこもりニートだ。
(はぁ~…どうにかしてそんな未来を変えないと…)
食事が終わると洗濯や皿洗いをしてお風呂を沸かす。
「おにーちゃん!お風呂沸いたよー!」
一階からおにーちゃんを呼ぶが反応がないので部屋まで呼びに行くとおにーちゃんはベッドの上でラノベを読んでいた。
「おにーちゃんお風呂わい…」
真剣な顔でラノベを読むおにーちゃん。読んでいるのはおにーちゃんが大好きなHibari先生の本。
Hibari先生の本を読んでいる時のおにーちゃんの集中力は凄まじく。強盗が拳銃を持って入ってきても微動だにしない。
(…Hibari先生の本ならムリか)
諦めてそっとドアを閉めて私はお風呂に入る。湯船に浸かると肩を揉んでコリをほぐす。
「最近、家事が少ししんどいなぁ…来年は受験もあるし…おにーちゃんが少しでも手伝ってくれたらな…まぁムリか(笑)」
Hibari先生の本を読むおにーちゃんの姿を思い出す私。
「…あんな顔も出来るんだよねー。…Hibari先生ってどんな人なんだろう?…会ってみたいなぁー」
22日の夜。
リビングのソファーで横になりながらラノベを読むおにーちゃんに私は話しかける。
「おにーちゃん。私、明日は一日出かけるからね」
「おー」
「…ねぇおにーちゃん…やっぱ何でもない」
「ん?何だ?どうした小陰?」
「何でもない(笑)おやすみー」
「おー。おやすみ〜」
リビングを出る前に振り返ってもう一度おにーちゃんを見る。
(……やっぱり…覚えてないか)
朝出かける時。おにーちゃんの部屋を覗くとおにーちゃんは寝ていた。たぶん昨日は夜遅くまでラノベを読んでいたんだと思う。
「いってきまーす」
小声でそう言うと私は家を出て月との待ち合わせ場所に向かう。
「小陰ー!」
珍しく先に来ていた月が手を振って私を待っていた。
月はショッピングに連れて行ってくれたり、予約してくれたケーキバイキングに連れて行ってくれたり、誕生日プレゼントをくれたりと、まるで彼氏のように私の誕生日を祝ってくれた。
楽しい時間はあっという間に過ぎて日が暮れる。
「まだ時間大丈夫?」
「大丈夫だよ」
そう答えた時LINEの通知音が鳴る。送り主はおにーちゃんだった。
『何時頃帰る?』
「誰から?」
「ん?おにーちゃん」
『まだ遊んでるからまだ帰らないよ』
『そっか。帰る時は連絡入れてな』
『分かった』
「ごめんね。イルミネーション見に行かない?」
「いいねぇー!行こう行こう」
私と月の楽しい時間はまだ続いていたが、数十分おきにおにーちゃんから『何時頃帰る?』というLINEが送られてきて少しづつだけど怒りが募ってくる。
「帰らなくて大丈夫?」
「ん?大丈夫大丈夫。ごめんね」
LINEが鳴る度に月が心配そうにそう言ってくれるのが申し訳なかった。
(どうせお腹空いたから早く帰ってこいって意味なんでしょ)
またLINEがきて開いてみると『まだだよね?』と送られてきていて私の怒りは頂点に達した。
「はぁ〜…月、ごめん。私、帰る」
「そう。家まで送ろうか?」
「大丈夫。今日はありがとう!凄く楽しかった!」
月に手を振って家に急いで向かう。さっきまであんなに楽しくて輝いて見えてた道が一瞬にして暗くなってしまった。
それもこれもおにーちゃんのせいだ。もう嫌だ。おにーちゃんなんて知らない。帰ったらおにーちゃんに「もうおにーちゃんの面倒は見ない。家事も自分でやって」と言う。私はおにーちゃんの召使いじゃないんだから。
家に着きリビングを開けて私は叫んだ。
「おにーちゃん!私、昨日、言ったよね!?今日は一日出かけるって!もうおにーちゃんの…」
「こ、小陰!?帰る時LINEしろって言っただろ」
リビングの壁に飾りを付けようとしているおにーちゃんがそう言った。
「えっ…これって…」
「はぁ~…サプライズ失敗だぁー」
予想外すぎて言葉が出てこない私。
「どうして…えっ…私の誕生日覚えてたの?」
「まぁ…去年は忘れてて…怒られたし…今年は覚えとかないとと思ってさ…」
脚立から降りながらおにーちゃんはそう言うとテーブルの上に置いてあるプレゼントを取って渡してきた。
「ほいっ小陰。お誕生日おめでとう」
プレゼントを受け取ると私はおにーちゃんのLINEがそういう意味だったという事を理解した。
全てを理解すると自然と涙が出てきて止まらなかった。
「ど、ど、どうした小陰!?どっか痛いのか!?病院行くか!?」
「違うよ…これは嬉し涙っ!」
どうしようもなくダメで友達が一人もいない。こんなおにーちゃんを何で私は大好きなのかを思い出した。
陽のあたる木の下でいつの間にか寝てしまっていたら。気づかれないようにそっと木陰を作って眠りやすくしてくれる。
そんな事を自然と見返りを求めずしてくれる。そんな優しいところが私は大好きだった。
「一応…料理もしてみたんだけど…」
テーブルの上を見ると黒焦げの何の料理か分からない物が並んでいた。
「ふふっ…もう…おにーちゃんは…。何が食べたい?」
「えっ、作ってくれるの?」
「あんな黒焦げのなんか食べさせられないよ」
「まぁ、だよねぇー。なら…オムライス!」
「分かったオムライスね。そのかわり…今日はおにーちゃんも手伝ってよね」
「えぇ〜…はーい」
今日の誕生日は私の一生の思い出になると思う。そんな誕生日だった。
朝起きて朝ごはんとおにーちゃんの弁当を作っておにーちゃんを起こしに行く。
「おにーちゃん!遅刻するよ!」
「う…うーん」
(はぁ…また遅刻しそうね)
自室で身支度を済ませて鏡を見ながら誕生日におにーちゃんにもらった髪留めをとめる。
「よしっ!」
玄関を出ると。とてもいい天気だった。




