極楽鳥花の花言葉7.5
夜になると一段と寒さが増し。もうすぐそこまで冬が来ていて、足踏みしながら今か今かと走り出すのを待っている頃。すでに冬が到来している元弓道部の部室はさながら南極にでもいる気分になるほど冷え切っていて、空気が重かった。
西側の壁に付いている時計の秒針の音が妙に響く中。一人だけ春気分でポカポカとしながら俺に抱きついて笑顔を見せている柳生さん。そんな柳生さんとは対極に、久瀬さんと石川さんの冷たい視線が俺の体温と生命力を徐々に奪っていく。
「…………それで?…………あんた、風陰とどうゆう関係なの?」
腕組みと足組みをしながら久瀬さんがそう切り出した。
「私と蒼汰様のご関係ですか?そうですね…話せば長くなりますが…完結に言うと。私と蒼汰様は将来、夫婦となる関係ですわ」
「「!?」」
久瀬さんと石川さんが同時に俺を睨みつける。その視線に俺はビクつく。
「あの、あのさ、君。えっと…柳生さん?その…俺さ…柳生さんのとは今日初めて喋ったよね?それで将来、夫婦になるって…よく分かんないんだけど?それに…キミの事をまだよく知らないし…そんな段階で夫婦になるとか…」
「私は蒼汰様の事ならよく知っていますわ」
「えっ?」
柳生寿は立ち上がり両手を胸の前で組み、口を開く。
「風陰蒼汰。17歳。5月9日生まれのO型。身長は169cm。体重46キロ。父、母、妹の四人家族。父は海外赴任中で母はファッション雑誌『ムーンフラワー』の編集長。妹は三日月中学三年生…」
俺の身長体重や家族構成を流暢に語る柳生さん。
(よく知ってるなー)
「蒼汰様が起きる朝の平均時間は7:47。起きたらまず欠伸を二度続けて行うのが日課。起き上がると変なポーズを取り、決め台詞を言ってリビングに向かう…」
(…ん?何で…俺の朝の行動を知ってる?)
その後も柳生さんは俺の事をペラペラとペーラペラと永遠に語り続け。俺が行う奇行の数々に久瀬さんと石川さんはどんどん引いていく。
さっきの久瀬さんの『どうゆう関係?』に俺が答えるとしよう。
俺と柳生さんの関係は……被害者と加害者だ。
「…です。それから、ひば」
「もういい!もうそれ以上はやめて柳生さん!」
俺は柳生さんの語りを遮る。そして、小陰でも知らない俺の秘密を知っている事を問いただしたいとこだが。それより先に久瀬さんとの距離の修復を優先した。
「く、久瀬さん…えっとですね…今のは…」
ドン引きした表情で久瀬さんは俺を見る。
「……あんた……その歳にもなって………そんな事を……」
「や、やはり…お、お前は…あ、頭が、お…おかしい…」
引いていく二人との距離がどんどん遠くなる。
「ちがっ…わくはないけど。そんな目で俺を見ないで下さい…俺だって一生懸命生きているんですから…(ラノベに対してだけ)」
シクシクと泣き出す俺に柳生さんは抱きつく。
「私はどんな蒼汰様でも愛していますし愛せます。だから…蒼汰様も私を愛して下さい」
抱きつきながら上目でそう言う柳生さんを少し可愛いと思ってしまった俺は、柳生さんの愛を受け取って一生養ってもらおうかと心が揺らいだ。
「…でも一つだけ直して欲しい所があります」
そう切り出した柳生さんは数冊だけ置いてある本棚を指さした。
「あそこにある本を読むのは止めていただきたいです。蒼汰様の事をもっと知ろうとその本を読んでみましたが私には全く理解出来ませんでした。あの本の何がいいのですか?ストーリーも面白くないし、描写もよく伝わりませんし、言葉の一つ一つが軽すぎて本当に相手を想っているのか…」
寿が指さした本棚にあった本は、Hibariのラノベだった。そして、それに気付いた美空が動こうとしたが、それより先に蒼汰が動く。
抱きしめる寿の腕を払い除ける蒼汰。
「…蒼汰様?」
「……あのラノベを読む俺の事を悪く言うのは構わないが…Hibari先生の事を悪く言うなぁぁー!」
蒼汰の怒鳴り声が室内に響き渡る。
「俺の事はどんだけ悪く言われてもバカにされても構わない!でも、Hibari先生の作品を悪く言ったりバカにする事は絶対に俺は許さないっ!…俺はHibari先生の作品に出逢えて本当に良かったと心底思ってる!例え読者が俺だけになっても俺はHibari先生の作品を読み続ける!俺は…俺はHibari先生を世界で一番愛しているから!」
蒼汰の言葉に寿は呆然とし。美空は蒼汰の言葉に胸の奥が何かに締めつけられる感覚に襲われ。顔を赤らめた。
「二度と俺のHibari先生をバカにするなっ!」
そう叫びながら寿に指を指す蒼汰。その顔は寿が知らない蒼汰の顔であった。
「………そのようなお顔もされるのですね蒼汰様。…失礼な事を言ってしまい大変申し訳ありませんでした。以後、蒼汰様の愛されてる作者様をバカにする言動はいたしません」
そう言うと寿は深々と頭を下げた。
帰り道。
「また明日ね鳳ちゃん」
「は、はい、ま、また明日。…お、おいっ犬…く、久瀬さんに…へ、変なことをするなよ」
「…しねーよ。また明日ね石川さん」
鳳と別れた蒼汰と美空は無言のまま歩く。
(………き、き、気まずいぃぃぃぃー!!!)
部室での自分の言動を思い返し、恥ずかしさで美空の顔を見る事の出来ない蒼汰。
「…ねぇ」
「は、はいぃ!?」
「…寒いから温かい飲み物買って…そこの公園で飲まない?」
「は、はい。…あ、俺買ってきます!何がいいですか?」
「…ミルクティー…」
「了解です!すぐ買ってきます!」
自動販売機に向かって走り出す蒼汰の背中を美空は金色の髪の毛先をイジりながら、闇の中でも蒼々と蒼い空色の目で見つめる。
公園のベンチで距離を空けて座る二人。少しでも気を抜くと雪が降ってきそうな空を眺めながら蒼汰は缶のホットココアを飲みながらチラッと美空に目をやる。
美空はペットボトルのホットミルクティーを両手で掴んで暖を取りながら遠くを見つめる。
(…何考えてるんだろ?久瀬さん?)
「…ねぇ風陰…」
唐突に話しかけてきた美空にドキッとする蒼汰。
「は、はい。風陰です」
「ふふっ。何それ(笑)変な返事(笑)」
俺の返事にクスクスと笑う久瀬さん。
(良かった。いつもの久瀬さんだ。…なんだ俺の取り越し苦労か)
そう思いホットココアを口に含む蒼汰。
「………私を愛してるって本当?」
「ブフゥーー!!ゲホゲホ…え?な、何ですか?」
ホットココアを吹き出し。時間を稼ぐ為に聞こえていたが久瀬さんに俺は問う。
「………私を愛してる?」
不安と期待の間で揺れる表情で俺を真っ直ぐ見てくる久瀬さんの夜に染まっていない空色の蒼い瞳に一瞬で吸い込まれてしまった俺は…
「………愛してます」
そう言葉が自然と口から零れた。




