赤いガーベラ
「お、蒼汰ー久しぶり。ただいまー」
「何だよかーさん。帰るなら連絡入れろよな」
「お腹空いた〜。…私の分、ごはんある?」
「あるよ。小陰、いつも3人前作ってるから」
「さすが、私の自慢の娘だわ」
大量の荷物を玄関に置き去りにしたままリビングへ早足で向かって行く。スーツ姿がよく似合う、見た目より若く見えるこの女性は。俺と小陰の母。風陰日向。
リビングから小陰の喜ぶ声が聞こえてくる。
俺はかーさんが大量に残した荷物を持ってリビングに向かうが、かーさんの部屋に運ぶように言われ。渋々だが二階へと向かう。
(……おもっ)
かーさんの部屋に荷物を置いてリビングに戻ると。小陰がかーさんにくっついて離れようとしなかった。
「小陰。ごはん食べにくいんだけどぉ」
「ダメ!久しぶりのママなんだから堪能しないと」
「相変わらず小陰はかわいいわね。…小陰わ!」
(ふんっ。悪かったな!かわいくなくて!)
付き合いたてのカップルのようにイチャイチャと晩飯を食べているかーさんと小陰の姿を見せつけられながら食べる晩飯は。何だか…さっきより味が薄く感じる。
(…べ、別に!羨ましいわけじゃないんだからねっ!)
楽しそうに食べる二人を見ながら。心の中でツンデレを演じてみせたが…何か虚しくなってきたな。
「あ、そうそう。荷物の中に赤い袋と緑色の箱があったでしょ?それ、取ってきて」
(それ、さっき言えよな…)
かーさんに逆らう事が出来ない俺は。無抵抗でかーさんの部屋に言われた色の荷物を取りに行く。…かーさんは怒ると…マジで怖い。
「はいっ。これ、小陰に」
「えっ!?いいの!?ありがとママ!だーいすき!」
小陰はかーさんに抱きつき。嬉しそうに笑う。
かーさんも。溺愛している娘の喜ぶ顔が見れてご満悦の様子だ。
「あっコレ。蒼汰のね」
「ありがとー」
「相変わらずかわいくない子ねぇー。何か…あんた一段と蒼佑に似てきたわね。…腹立つわ〜」
蒼佑とは。俺と小陰の父親で。かーさんの旦那だ。
「とーさんとは連絡取ってるのか?」
「取るわけないでしょ!あんなバカ旦那と!」
かーさんは新しく開けたビールを半分近くまで一気に飲み干し。テーブルへ激しく缶を叩きつけた。
「…こんなにいい女とこんなにかわいい娘を置いて海外に行くあのバカっ。…あと一匹ね。…今度会ったら…」
ビールの缶を変形させながらかーさんは、何故か俺を睨んでいた。…こわっ。
(はいはい。言ってろ言ってろ)
怒りを露わにしてるかーさんだが。実際はとーさんに会いたくて怒っているのだ。
いつもこんな事ばかり言うが、極たまにとーさんが帰ってくるとずっとくっついて離れようとはしない。そう、今の小陰みたいな感じかな。
思春期の息子と娘の前でよくもまぁ…あんなデレデレ出来るもんだよ。いわゆる一つのツンデレってやつだな。
ラノベや漫画の中のツンデレはとても良いと思うが。実際の現実世界でのツンデレは…とても面倒くさい。
かーさんからもらった箱を開けると。中からカエルをモチーフにした見てると腹立つ顔をした小さいぬいぐるみが入っていた。
(…何だこれ?ちょ〜いらね〜)
小陰へのプレゼントは、最新の流行り物の服で。喜んだ小陰は飛び跳ねた後、お披露目する為に自室に向かった。
小陰が居なくなったリビングは静かになり。かーさんがビールを喉に流し込む音だけが聞こえてくる。
(…き、気まずい…小陰ー早く帰ってきてくれー)
小陰が作ってくれたおつまみの唐揚げを口に入れ。ビールで流し込んだかーさんは口を開く。
「…あんた見てるとホント…ムカつくわ。顔は蒼佑なのに、抱きつくことも。キスすることも。ベタベタ触ることも出来ない蒼佑だなんて。ホント…ムカつくわ…」
(…俺にどうしろと?なんか…すいません)
年々、顔がとーさんに似てきているらしい俺をかーさんはずっと睨み続けながらビールとおつまみを口の中へ運ぶ。
別にかーさんと仲が悪いわけじゃない。むしろ、普通の一般家庭よりは仲はいい方だと思っている。
「…かーさんが男に求めるものは?」
「顔よっ!!それ以外に何かある!?」
人気のファッション雑誌の編集長が男性に求めるモノは顔だけらしいです。…そういや、何度かかーさんが出すファッション雑誌に目を通したことあるけど…載っている写真の男の人…とーさんに似た人ばかりだった気がする…大丈夫か?こんな人が編集長で大丈夫か?そのファッション雑誌?
「ジャーンっ!見てみ見て!どうかな!?」
クリーム色の少し肩を露出した少し大きめの服に着替えた小陰がポーズをとって現れた。
「小陰ぁーかわいい過ぎ!似合いすぎ!」
「へへっ。ありがとママ!…どうおにーちゃん?」
「どう?って…」
小さい頃からずっと俺の後を「おにーちゃんおにーちゃん」とついて来た妹。あの頃より成長した姿になったが、根本的な部分は変わっていない世界一かわいい妹。
こんな世界一かわいい妹も…いずれはどこの馬の骨か分からないクソ野郎が俺から小陰を奪って行くんだよな…。もっと先の事だと思っていたが、来年には小陰も結婚できる年になる。成長というものは、成長と共に何か得ながら何かを失っていくものだと、最近、染み染み思う。
小陰よ…もう暫く(出来れば永遠に)俺の側にいてくれ。
「…世界一かわいいよ」
そう言って小陰の頭を優しく撫でる。
「ドンッ!」
(うわっ!…ビックリしたぁ…)
かーさんはテーブルにビールの缶を強く叩きつけ。プルプルと震えている。
「…か、かーさん?」
「…私以外の女を…」
「か、かーさん?落ちつ…」
「私以外の女を…優しく触るなぁー!!!!」
俺に飛びかかってきたかーさんにその後…ボコボコにされた。
何が着火点になったのか。何がトリガーになったのか。…謎だ。
「いってぇ〜…あの、クソババぁ…飲んでたのビールじゃなくてヤバい薬だったんじゃねーのか?」
(まぁいい。俺にはそんな事を気にしてる余裕なんてない)
自室に戻ると机へ直行し、ノートパソコンを開く。
深夜3時。
「…」
「あんたまだ起きてたの?」
ドアの横の壁に寄りかかりながらビールを片手に腕組みして、かーさんが声をかけてきた。
「かーさん。……てか何だよそのアイマスク?」
「あんた見てるとイライラしてくるからね」
アイマスクをして寝間着でビールを飲んでいるこの女…我が母親ながら…ヤバい奴だ。
「何してるの?」
「友達が作ったラノベ読んでる」
「へぇー…蒼汰はもう描かないの?」
かーさんのその言葉にマウスで画面をスクロールしていた手が止まった。
「……俺はもう描かないよ。作るより見る派に変わったんだ」
「何で?」
「才能ないからだよ」
かーさんはビールを一気に飲む。
「バカねあんた。持ってるモノ=才能なんじゃないのよ」
「え?」
「才能と言わせた=才能なのよ」
アイマスクを外してかーさんは俺の前に立つ。
「才能←ってのは誰でも持ってるモノなの。それを他人から才能あるね←って言わせた人の努力を才能って言うのよ。最初から何もせずに才能持って生まれてるんだったら。生まれた病院で『あなたは小説家の才能あるから将来は小説家ですね』って言われて、人生そこで決まりじゃない」
「……」
「何をしたいのか。何をしようとしてるのか知らないけど。蒼汰には蒼汰にしか磨けない、輝かせれない、才能持ってるのよ」
かーさんの言葉にハッとさせられ。俺は忘れていた何かを。見落としていた何かを。モヤッとし感じだけど見えてきたような気がした。
「…そうか…そうだよな!ありがとかー…」
「うふふっ…」
空ろな目で俺を眺めるかーさん。
「…あんたホント若い頃の蒼佑に似てるわね」
「か、かーさん?」
かーさんは俺の手を引っ張るとベッドに俺を投げ。横に寝てきて抱きついてきた。
「おっ、おい!かーさん!」
「いいじゃない〜一緒に…ね…る…くらい…」
「おいっ!マジで寝てるじゃねーか!起きろかーさん!」
かーさんは気持ち良さそうに寝息をたて。帰ってきてから初めて俺に向けて笑顔を見せた。
「おいっ!こ、こ、この……クソぉババぁーー!!!!」
深夜の住宅街に蒼汰の叫び声が響き渡る。




