楓
どれくらいの時間が経ったのか分からないが。風陰はまだ私が描いた新作を読んでいる。
その背中をずっと私は見つめていた。
そして…私には風陰蒼汰に絶対に言う事のない思い出がある。
1年の頃。
すでにラノベ作家としてデビューしていた私にとって。『学校』なんてただの時間を潰す場所でしかなかった。
高校に進学したのも。勉強する為でも、友達を作る為でも、一生の思い出を作る為でも、恋人を作る為でもなく。ただ、ラノベ作家としてやっていくなら『高校を卒業する』が親の出した条件。ただそれをクリアする為だけに高校にきた。
ただ少しだけ、学校って事もあって、何か作品を作る時に役立つネタはないかと最初は期待していたが…特にこれといった事は起きなかった。
ある日席替えがあり、私は窓側の後から二番目の席になった。
窓側の席といえば、ラノベや小説や漫画で主人公やヒロインが決まって座る王道のポジション。
(さて。どんなキャラが集まったのかな)
隣の席に目をやると…何か独特な雰囲気を持った女子だったが。女の感というかなんというか…あまり関わりたくない感じがする子だ。
右斜後の席に目をやると……え?小学生?中学生?本当に高校生なの?
(…さぁ、気を取り直して…後の席は…)
後の席に目をやると…目を…やると…目…を…
注意して見ないと、後の背景と一体化してしまいそうな脇役でもない。ただのモブ男子だった。
後の席に座る男子の名前は確か…確か…まぁいいか。
(この席で何かを期待することは…ないわね)
この席になって数日が経ったある日。私はある事に気づいた。
(…私を含めこの席の四人…友達が一人もいない…)
隣の席の子には、定期的に誰かが話しかに来るが。ただただニコニコと笑って一言も言葉を発する事はない。
(…ゾクッとする)
右斜後の子は。何とか話そうと、話しかけようと頑張ってはいるが…あと一歩の勇気が出ないみたい。
(なんか…応援したくなる)
さて。最後の一人は……それはいったい、何を考えている顔なの?
(…このモブはダメだ)
私は…別に友達が欲しいとか微塵も思ってないのでいいの。
奇跡的にこの四席に集まった四人が、その後、何かを起こす事もなく。ただ日にちだけが過ぎてゆく。
月の終わりに近づいた頃。
(もうすぐ席替えか)
そう思いながら窓の外を見ていた昼休み。後の席から独り言が聞こえてきた。
「何だこのラノベ。ハズレっぽいな」
(へぇー。モブくんラノベ読むんだ)
「表現は抽象的だし。描写は雑だし。ストーリーはつまらないし。先が読める展開ばっかだし」
(それはつまらないわね。作者は誰なのかな?)
「…ひ、ひばり?」
(……あぁ?)
何と後のモブくんが私の描いたラノベを読んでいた。
「なんだよ。『オススメ』って書いてあったから買ったのに。あーあ…無駄な金使ったな」
(……この……クソモブが)
何の作品を読んでるのか気になり。落ちた物を拾うフリをし、その作品を見て…私は納得した。
その作品は、デビューして三作目に出した私の一番の最低作品。
何も出てこず。何も浮かばず。そんな中で絞りに絞り出して出版した作品。
作者本人でさえ目を通したくない作品なんだから、読者の意見が全ての物語。今日限りでモブくんもその作品を手放すだろう。
…と思っていた私の考えとは裏腹に、モブくんは次の日もその次の日もその作品を独り言を言いながら読み続けていた。
…というか。前から思ってたけど、独り言多すぎ。
(どうしてそんな作品を見続けられるの?)
「ん〜…何か違うんだよな」
(何が違うの?)
「いつもはダメと思えばダメなんだけど。これはそうとは思えないんだよな」
(どうして?…てか、会話成立してない?)
「…この作品に限ってだけど…作者の伝えたかった事とか。想いとか。考えを…俺が見逃してるだけな気がするんだよな。だから何度も読み返してしまうのかな?」
その独り言にしては多すぎる言葉を聞いて。
嬉しくて。嬉しくて。私の目から涙が溢れそうになった。
苦しくても。何度も諦めようとしても。それでも作りきって良かったと。今、初めて思う事ができた。
無雑作に置かれた教科書に書いてある名前を確認すると。私はトイレで声を殺して泣いた。
それから席替えがあって風陰とは席は離れたが、近くを通って何のラノベを読んでるのか確認するのが私の日課になっていた。
最近の風陰のお気に入りはHibariが描くラノベ。
そう。私の作品。
進級しても同じクラスで、進級しても私の作品を熱心に独り言を言いながら読む風陰に。
「私がHibariだよ」
と、言ったら。あなたはどんな顔を見せてくれるのかな?
ある日の放課後。
御子柴了?って人に体育館横にある元弓道部の部室前に呼ばれたのだけど…正直面倒くさい…
御子柴了が何か言おうとしてる時、人の視線に敏感は私は屋根の上に人の気配を感じ、バレないように屋根の上へと目をやると驚いた。
屋根の上から見ていたのは…風陰蒼汰だった。
「付き合って下さい!」
その部分しか聞き取れなかったが、私はとっさにデビュー作で描いたシーンのセリフを口にする。
それからは告白してくる男子の誘いは全て元弓道部の部室前にしてもらった。
何とか風陰蒼汰と話すきっかけが欲しくてそうしたのだが。きっかけは訪れなかった。
一度、風のイタズラできっかけになる場面はあったが…私的にムリだった。
そんなある日。またきっかけを作れず帰っていた時。何かの通知音が微かに聞こえてきた。
引き返して屋根の上へ登る。そして、スマホに向かって独り言を言っているモブへ私は声をかけた…
…と、まぁ…こんな事があったのだけど。
風陰は自分にそんなラノベみたいな展開があった事なんて…想像もできないでしょうね。
私の作品を真剣に読んでいる風陰蒼汰という男に恋をしているかと聞かれたら、答えは「いいえ」
恋をしていないのかと聞かれても、答えは「いいえ」
この先、風陰蒼汰に恋をするかと聞かれたら。
答えは「分からない」
恋をした事がない私が出版社の人によく言われるのは。
「よくそれでラブコメ描けますね」
私にも正直分からない。けど、パソコンを前にすると自然とストーリーが浮かんで。頭の中のキャラが動き出し、喋りだす。
…今は少しそれが出来ないけど。
きっと、ラノベぼっちのモブくんが助けてくれる。
そんな気が私にはする。
蒼汰の部屋。
「ふぅー…」
(風陰が新作を読み終えたみたい)
私はベッドから立ち上がり、風陰のもとへ向かう。
あ、………(今聞いた話し、風陰には内緒だからね)




