薔薇には棘がある
タバコを吸いながらクローゼットを見てたら、スッと頭に浮かんだストーリーです。
生まれて初めて…授業をサボってしまった罪悪感で空を見つめている。
体育館横にある元弓道部の部室の屋根の上から寝転がって見る空は…
「なんだか空って感じ」
5時限目の終業のチャイムが鳴り、人生初のサボりが成立してしまった。その原因を作ったのが俺が前からハマっている作家のラノベを昼休みに読んでいたら、とてもいい場面で昼休みが終るチャイムが鳴ったためだ。
授業をサボった罪悪感を感じつつラノベの続きを読み続ける俺は。風陰蒼汰。高校2年。一流のぼっちだ。
ラノベをこよなく愛する、何処にでも存在するモブぼっちで。
漫画で例えるなら、主人公とヒロインが下校している描写の中の誰か認識出来ない程に小さく描かれている人物。
それが俺…風陰蒼汰だ。
風が吹く度に、花をどこかに持って行く春風が強く吹いて、寝ている俺の横に置いてある本のページを勝手にめくる。
めくれるページが止まった先は、俺がこのシリーズの中で一番好きなシーンが描写されているページだった。
今読んでいるページに栞を挟んでめくれている本と取り替えて読み始める。
少しページを戻して読み進めると、この巻で最も盛り上がる場面が繊細に描写されたシーンがきた。
気持ちを伝えようとするが上手く伝えられない主人公と、素直になれないヒロインが初めてお互いがお互いを意識している事を知る。そんな場面を見事なまでに言葉で描写した、このラノベを書いているHibari先生は俺にとって神より神な存在だ。
モブぼっちの俺が好んで読むラノベはラブコメモノだが、現実の世界でそんな恋をしたいとかは思っていない。
俺はこの本の中に存在している人達の、現実世界の人より現実を生きようとしている姿を見るのが純粋に好きなだけだ。
6時間目が終るチャイムが鳴り響くが、この本を読むのを途中で止める気が起きず読み続けていると、誰かが下の方にいる気配がしたので、そっと下を覗いてみる。
(もしかして…先生か?)
下にいたのは学年で一番人気のあるバスケ部の時期エースの
御子柴了と、学年で一番美人で笑った顔を誰も見たことのない孤高の女王の久瀬美空だった。
「く、久瀬さん好きです!…お、お、俺と…付き合って下さい!」
(おぉ〜。初めて生で告白するとこ見たな)
金髪の長い髪、透き通るような美しい空色の目で彼女は毛先をイジりながらこう言った。
「好きって、私のどこがどう好きなの?」
久瀬美空に真顔でそう言われ御子柴は慌てふためく。
「え…いや…どこがどうって…か、顔が好みなんだ!」
(あちゃー…その答えは-100点だ)
ラブコメモノを読み込んでいる俺からしたら、この後の展開は目に見えて分かった。
「顔が好み?」(そうそう。そうなるよね)
「外見だけで好きになるの?」(それは良くないよね)
「中身はどうでもいいってわけ?」(中身は重要ですよね)
久瀬美空の言葉のラッシュに御子柴は後退りする。
「いい?人を好きになるってのは」(人を好きになるってのは)
「(単純で簡単だけど、簡単で単純じゃないの)」
戦闘能力がゼロになった御子柴は逃げるように立ち去って行く。
他人の恋路やプライベートには無関心な俺だが、何か最後まで事の顛末を見てしまったな。こんな場面は滅多に見れないので貴重な体験をさせてくれた2人に感謝の気持ちを込めて「ありがとう!」と、心の中で叫ぶ。
……しかし、偶然ってあるもんなんだな。
久瀬美空が最後に放った言葉は、Hibari先生が最初に書いたラノベの名シーンのセリフなのだから。
もう一度下をそっと覗くが、久瀬美空の姿は…すでになかった。
家にて。
「ただいまー」
玄関で靴を脱いでいると奥の方から激しい足音をさせながら妹の風陰小陰が迫ってくる。
「遅いよおにーちゃん!ご飯冷めちゃうでしょ!」
「ごめんごめん小陰」
小陰は俺の体の隅から隅までクンクンと匂いを嗅ぎだす。
「な、なんだよ小陰」
「女の匂いはなし。デートで帰りが遅くなったわけじゃないと」
「当たり前だろ。お兄様に彼女なんてできるわけない事をお前が一番よく知っているじゃないか」
「甘いよおにーちゃん!今はね、おにーちゃんみたいな草食系のモブがモテる時代なんだよ!」
草食系のモブって…そんなのがモテる時代が来るとしたら、漫画や小説やラノベの中だけ。現実世界じゃ絶対に有り得ない事だ。
「小陰は可愛いのに、ちょっと残念なところがあるよなぁ」
「えっ…小陰…可愛い?」
「可愛い可愛い。それで、今日の夕飯はなに?」
小陰の頭を撫でると小陰は嬉しそうな表情を見せて笑う。
「今日はね、おにーちゃんの大好物のオムライスにした」
「おぉ〜!…ソースは…」
「ホワイトソース!」
「すぐに着替えてくる!」
2階の自分の部屋へダッシュで向かい、部屋着に着替えてリビングに向かうと俺の指定席にホワイトソースがかかった見ているだけで涎が出てくるオムライスがデンッ!と仁王立ちしていた。
「おぉ~!こりゃ美味そうだ!」
「いっぱい食べてね!」
「いただきまーす」
チキンライスに上手く絡み合うホワイトソースが絶妙で、スプーンが止まらない。
美味しそうに食べる俺の姿を確認してから皿を洗い出した俺には出来すぎな妹の小陰。
父さんは海外赴任。母さんは雑誌の編集長という家に生まれた俺と小陰。両親は殆ど家には居らず。幼い頃から俺と小陰はこの家で2人で暮らしてきた。
小陰は俺とは真逆の学校生活を送っていて、友達も多く見た目も可愛い事からよく男子に告白されるらしい。
成績もスポーツも優秀で部活動の勧誘が後を絶たないが、家の家事を全て担う小陰に部活動をしている暇などないのだ。
…全てと言ったけど、俺もたまのたまーに家事を手伝う事もある事を覚えていて欲しい。
そんな自慢の妹が、いつか俺の知らない、どこの馬の骨か分からない男と付き合って結婚する事を考えると…
「小陰…幸せになれよ…」
「いきなりなによ?」
夕飯も済。デザートのショートケーキを食べながら、今日のあの出来事を思い出していた俺は、アーンと口を開けてケーキを食べようとしている小陰に質問した。
「なぁ小陰、告白された時ってどう断ってるんだ?」
「アーン…ふぃふぃなみまに?(いきなりなに?)」
「食べながら喋るのやめなさい」
「…んっく。いきなりなに?」
「今日さ、人が告白されてる場面にたまたま出くわしてさ」
「出くわして←って、おにーちゃん屋根の上からでも見てたの?忍者にでもなるつもり?」
「なるなら…甲賀かなぁ」
「どう断るか…ん?待って。断るの前提なの?」
「えっ?うん、そうだけど」
「私が誰かと付き合うかもとか思わないの?」
「まだ小陰には早いよ。もう少し俺の側にいてくれな」
「なっ…ばっ…そういうとこだよおにーちゃん…」
なぜここで小陰が照れるのかよく分からないが、照れた可愛い小陰を見れるのは兄である俺が先であって、いつか現れる小陰の大事な人にこれだけは言いたい……(ざまぁみろぉ!!!)
おっと。本題がズレたな。戻そう戻そう。
「ん〜…普通に『ごめんなさい』か『お付き合いできません』とかかなぁ。言うのが多いのは」
「『私のどこをどう好きになったの?』とかは聞かないんだ」
「なにそれ(笑)断るのにそんな事聞くわけないじゃない(笑)」
「ん〜…そうだよな…普通は聞かないよな…」
久瀬美空の告白の返事はやっぱり普通じゃないよな。
自室に戻ってベッドに横になって本のページをパラパラとめくってあのシーンを読み返す。
「単純で簡単だけど…簡単で単純じゃない…か…」