唾を吐き捨て勇者は地獄へ向かった。
予言の神が八十年ほど前に一つの恐ろしい予言をした。
『今より数年後、人間の世に魔王が生まれる。魔王は神々さえも超える力を持ち、人間だけでなく神々さえも殺戮し、多くの人と神が死ぬであろう』
信託者は偽りを広めるわけにもいかず王へ予言の神の言葉を伝えた。
王は慌てて緘口令をしいたが、悪戯の神が人に化けてそれを広めた。
広まった噂を聞いて人々の心に湧いた不安を恐怖の神がさらに広めた。
そんな彼らを見て愛の女神がその心を癒し人々は恐ろしい不安の中にありながらも辛うじて平和を築き上げた。
平和の中、知恵者たちは知恵の神へ何をすべきか尋ねた。
『魔王が脅威とならぬ内に殺せ』
知恵の神の天啓を知った王は未だ生まれていない魔王を探すため多くの冒険者を募った。
冒険者たちの武器を鍛冶の神が造り、彼らの旅路を旅人の神が祝福した。
そして。
神々に導かれた一人の冒険者が片田舎の村で村娘を見つけた。
彼女は妊娠しており、あと数日後に出産を控えていた。
冒険者の脳に最も偉大な神が告げた。
『あの娘の腹の中に魔王が居る』
冒険者は剣を抜いたが、村娘は泣きながら言った。
「せめて、私の手で」
哀れに思った冒険者はそれを聞き入れた。
三日後。
冒険者が見守る中、子供が生まれた。
後に魔王となると予言された子供はどこから見てもただの赤子だった。
しかし、偉大なる神は尚も告げた。
『この子が魔王となる』
村娘には出来ないと判断した冒険者が再び剣を抜くが、それが届くよりも早く母となったばかりの娘が我が子の首を捻り、魔王はそのまま息絶えた。
大泣きする娘の下に神々が集まり称賛をした。
『素晴らしい。あなたによって人の世は救われた。魔王は二度とこの世に生まれることはないだろう』
『我が子さえ殺めて人々を救ったあなたの愛はあまりにも偉大だ』
『魔王を消滅させた。あなたはまさに勇者と呼ばれるべきも存在である』
それらの称賛を全て無視して哀れな母親は泣き続けるだけだった。
数十年経って。
その母親は黄泉に旅立った。
『勇者様。こちらへ。神々がお待ちです』
多くの神の使いが訪れて神の下へ連れて行こうとしたが、彼女は唾を吐き地獄へ向かった。
我が子がそこに居るという確信があったから。
勇者が訪れたのを見て気の毒に思った黄泉の神は彼女と赤子を会わせてやり、そして一言告げた。
『望むままにせよ』
それから少しして、黄泉から舞い戻った魔王が神々を残らず殺害した。
予言の神は人間の世から生まれた魔王により多くの神が死ぬと予言した。
だが、黄泉から舞い戻った魔王の傍らには勇者が居た。
故に、全ての神々が殺されたのだ。
魔王と勇者が共に居たならば、神々さえも太刀打ちは出来ない。
神々を殺し尽くした魔王と勇者が自ら黄泉へと還ったとき。
世界にはようやく人の世が訪れた。
今や、神々の存在は下品な笑い話や馬鹿にされる対象として人々の口を行き交うばかりだ。




