第4話 精霊使い
アオイは、息を切らしながら森へと走った。
森に入った頃には、逃げてくる人達が見えた。
その人達も、剣を持って戦士のような格好をしている。
もしかすると、同じようにギルドで仕事を受けたのかもしれない。
そして、その後ろからすごい数の魔物も走ってきた。
だが、アオイには目も向けず、魔物は通り過ぎていく。
その理由はその先にあり、すでにアオイからも見えていた。
大きな大きな動く山──────
それは、大きなカメの甲羅。
動きはゆっくりだが、一歩がとてつもなく大きい。
進むたびに地ひびきがして、地面をゆらしていく。
──────あれが『ギガント・トータス』に違いない。
そして、アオイはそのすぐ近くでグリーズを発見する。
「『アクア・ショット』っ! ……クソッ! 全然効きやしねぇ!」
「グリーズ!」
「アオイ⁉︎ ど、どうしてここに⁉︎」
「だって、グリーズが心配で……」
「バカッ! ……ったく、しょうがねぇやつだな」
グリーズはおこったが、その顔は少し笑っていた。
そして、グリーズはアオイを抱きかかえて走り出した。
それでも大きなカメは、かなりのスピードで近付いてくる。
「あれ、やっつけられないの?」
「オレには無理だ。魔法属性の相性が悪い。けど、火属性か雷属性だったとしても、あんだけデカいと効くかどうか……」
「これ、使える? 昨日、ボクが買った火属性のコイン!」
「いや、すまん。オレは水属性しか使えねぇんだ……。火が得意じゃなくてな」
「なら、ボクが……っ!」
「アオイ! またオマエ、ギアなんか持って……」
アオイの頭に、昨日のことがよみがえる。
だが、なぜか今はこわくなかった。
「『ファイア・ボール』っ! ……やった! 出たっ!」
アオイの手から出た火の玉は、カメの足に当たった。
すると、足の表面から水蒸気が上がる。
「効いてる……?」
「アオイ! もう使うなって言ったろうが!」
「でも、今は、グリーズがいるから! 失敗しても水かけてくれるでしょ!」
「いや、それはそうだが……」
「なら何度だって! ファイア・ボール! ファイア・ボール! ファイア・ボール……、いっけえっ!」
火の玉が何度も飛んでいき、カメの足に火傷のようなものができる。
「たしかに多少効いてるみたいだが、いくらなんでもアイツはデカすぎる。今はにげるしかない! ……なっ⁉︎」
「うわぁっ⁉︎」
グリーズは何かにつまずいて転んでしまい、アオイも地面に投げ出された。
それは、だれかがにげる時に捨てていった剣だった。
グリーズは足にケガを負ってしまい、もう走れない。
「ぐっ⁉︎ なんでこんなところに……、クソぉ! アオイは先に逃げろ!」
「ダ、ダメだよ! グリーズを置いていけない!」
「なぁに、オレだけならなんとかなるさ。……さぁ行け!」
グリーズは、笑ってアオイの背中を押した。
「さぁ、早く!」
だが、さすがのアオイにも分かる。
このままここに置いていけば、グリーズは絶対に助からない。
「いやだっ! ボクは絶対に行かない!」
「アオイ、オマエ……。いいから早く行け! ぶん殴るぞっ!」
「やだぁっ!」
「聞き分けのねぇガキだ! さっさと行けってんだよぉ!」
グリーズはアオイの服をつかみ、すごい力でぶん投げた。
だが、アオイは半べそになりながら、グリーズの腕にしがみつく。
その時、あの少女が姿を現した。
「ほぉら言ったじゃない、無理だって」
「あ、キミ! ……そんなの、やってみなきゃ分からないじゃないか!」
「オ、オイ、アオイ! 一体だれと話してんだ⁉︎」
何もない空に向かって話すアオイに、グリーズは戸惑う。
「アオイ、じゃあ私と契約する?」
「契約? ……そうすれば、あいつをやっつけられるの?」
「うーん、たぶん」
「わ、分かった、契約する!」
「……いいの? そんなに簡単に、私の言葉信じちゃって」
「だって、このままじゃ、グリーズが死んじゃう! だから!」
「アオイ! だから、一体だれと話して……」
アオイのまわりに、風が集まるようにふきあれる。
そして、それは手の中に集まって、ひとつのコインが現れた。
「さぁ、アオイ。そのコインを使って。……私を使って」
「こ、これって……。」
それは、あの女性の『コイン』。
アオイは考える間もなく、すぐにそのコインをギアにセットした。
「アオイ、そのコインは⁉︎ ……その風、まさか精霊の……っ⁉︎」
アオイの身体が光り、その周りに風かが巻きつく。
それはアオイだけでなく、グリーズの身体も一緒に巻きこんでいく。
「うわっ⁉︎」
「なっ、なんだこれ⁉︎ アオイ⁉︎」
目の前の少女の姿にも、風は巻きつき見えなくなった。
そして、それが晴れると、そこには美しい大人の女性がいた。
あの、コインの絵の女性だ。
「私の名は『風の妖精シルフィード』。さぁ、アオイ。私の名を呼んで」
「『シルフィード』っ! ボクに力を貸してっ!」
アオイとグリーズの身体がうき上がる。
「アオイ、魔法を使って。さぁイメージするのよ、あなたはどうしたい?」
「『ファイア・ボール』!」
放たれた火の玉はギガント・トータスをめがけて飛んでいく。
「いけぇ! ……そして……」
だが、先ほどとはちがう。
火の玉はどんどん風を巻きこんで、大きく大きくふくらんでいく。
気が付くと、それは大きな炎の竜巻となった。
「このイメージっ! 『ファイア・ストーム』!」
炎は森もまきこんでしまうが、風が意思をもつように動く。
燃えているのはカメのまわりだけだった。
炎に包まれた大きなカメは、ジリジリと燃え始める。
そして、とうとうカメは大きな光を発して消失する。
あれだけ大きな山のようなものが消えて、炎も完全に消えてしまう。
アオイの手にひとつのコインが降ってきた。
「やったぁ! 『ギガント・トータス』のコインだっ!」
「ええ……?」
喜ぶアオイの横で、グリーズはひたすら混乱していた。
そして、いつの間にか、シルフィードはまたいなくなっていた。
*
グリーズは大剣を杖にして、ゆっくりと歩く。
「そうか……、アオイは『精霊使い』なのか」
「精霊使い?」
「精霊ってのは気まぐれでな。精霊に気に入られたやつの手に、『精霊のコイン』が現れるんだとさ。それは売ることもできないし、なくしても返ってくるもんらしい。で、それを持つ者を『精霊使い』というんだと」
「これが……、精霊のコイン……」
アオイの手の不思議なコイン。
気のせいか、女性の顔が笑って見えた。
「ただ、精霊ってのはいたずら好きでな。思うようにはならんらしい。……でもまぁ、このことは秘密にした方がいいかもな」
「え、どうして?」
「悪いやつに利用されるかもしれんぞ? あれだけすごい力だ。国も放っておかないだろうし、軍隊に入れられるかも。けど、気まぐれだから、使いたい時に使えるかどうか……」
「ぐ、軍隊って、人と戦ったり……?」
「そりゃするだろ。人をいっぱい殺さなきゃならんかもな」
「ええ⁉︎ じゃ、じゃあ、秘密にするね……」
魔法は使ってみたいが、だれかを傷付けたいわけじゃない。
アオイは、そのコインをそっとポケットにしまいこんだ。
「そうしとけ。まぁ町はしばらく、このことで大騒ぎだろうけど。……まぁいいじゃねぇか。とりあえず、さっさと帰って飯にしようぜ? がははは」
「……ふふふ、うん。でも、その前に手当てしようね」
グリーズの大きな笑い声に、アオイはにっこりと笑って見せた。
それは、この世界に来てから初めての自然な笑顔だった。