第2話 魔導士のギア
アオイは女性の馬車に乗り、街道を進んでいた。
森で出会った少女もいっしょだ。
馬車は馬一頭でひく小さなもので、雨よけの幌のおかげで日光も防げる。
ただかなりゆれるので、しゃべると舌をかみそうだ。
「本当にありがとうございました」
「たまたま、オレが通りかかってよかったな。か細い声で『助けてー』なんて聞こえるから、何事かと思ったぜ。がははは」
アオイは「助けて」とさけんだ覚えはない、少女の声だろうか。
女性は馬のたずなをにぎりながら、ちらりとアオイを見た。
「オレの名は『グリーズ』。フレイム・テイルのオーガだ、よろしくな」
「フレイム・テイル? オーガ?」
「フレイム・テイルってのは地名で……。ってオーガも知らねぇのか? オーガってのは、角があって力が強くて、身体が頑丈なやつのことだ。がははは」
グリーズが右腕に力をこめると、ぼこっと筋肉が盛り上がる。
言葉づかいもぶっきらぼうで、身体も大きく、少しこわい。
だが、「がはは」と笑うグリーズに、アオイは不思議な安心感を覚えた。
「な、なるほど。ボクの名前は『アオイ』です。人間……、です」
「人間? ……んー? アオイは、なんだってあんなところにいたんだ? このあたりは魔物が出るから、子供が一人で歩くもんじゃねぇぜ」
「ま、魔物……っ⁉︎ あ、あの、ここって一体どこなんですか?」
「どこ? ……レインズとクロウ・ピークの間、かなぁ」
グリーズが言っているのは地名だろう。
だが、アオイが聞きたいのはそういうことではない。
「アオイは質問ばっかだな。……あーなるほど、そういうことか。もしかしてオマエ、異世界から来た『異世界人』ってやつか?」
「あ、そうです! ……たぶん」
「あー、やっぱりそうか。変わった服着てんなぁとは思ってたんだけどよ。さすがに見るのは初めてだな。そうか、そりゃいろいろ知らんわな」
「やっぱり、全然ちがう世界に来ちゃってたんですね……」
アオイがガクッと落ちこむと、グリーズの声も少しやさしくなった。
「まぁそう落ちこむなって。人生は楽しんだもん勝ちだ。知らないところなら、思い切って知らないことを楽しめ。あれもこれも全部知らないってのはさ、あれもこれも全部が新しい発見ってことだろ。楽しめよ、少年」
「新しい発見……、楽しむ……」
「まぁ、行くアテもないんじゃ困るだろう。しばらくは、オレがめんどうみてやっから。オーガってのは面倒見がいいんだ。つっても、子供の育て方なんて分かんねぇけどな。がははは」
大きく笑うグリーズに、アオイもつられて少しだけ笑った。
*
それから、馬車はまだしばらく道を進んでいく。
「グリーズさんは、どこに向かっているんですか?」
「うーん、そうだなぁ。とりあえず、その『グリーズさん』ってのはやめてくれ。『さん』とか敬語ってのは、なんかむずがゆいんだよ。グリーズでいい」
「え、あ、敬語、……うん。分かった、グリーズ。よろしくね」
「おう、よろしく。んで、今向かってんのは、レインズってデカい町だ。オレは剣で食ってる『魔導士』さ。デカい町なら、でっかく稼げるってもんよ」
「魔導士? ……あ、そうだ! 魔法はどうやって使うの?」
「あれはコインを使ってんだ。ほらこれだ、さっきも見たろ?」
アオイは、グリーズがぽんと放ったコインをあわてて受け取る。
「あ、わっ! うわっ! ……あ、これ、絵がイノシシ……?」
「それ、さっきのあれのコインだ。『魔法のコイン』とか『コイン』って呼んでる。オレたち魔導士は、そのコインで魔法を使うのさ。で、これが『ウィザード・ギア』」
グリーズは、左手のガントレットを見せた。
ガントレットとは、鎧のウデの部分のこと。
グリーズの鎧は革製だが、ガントレットの表面は金属になっている。
留め金を外すと、外側がふたのように開いた。
中にくぼみがあって、数枚のコインがはめこんであった。
「オレのはガントレット型のギアだ。ここにコインをセットしておけば、魔法が使えるようになるんさ」
「へぇー。これつければ、ボクにも今使えるの?」
「使えるけど、今はまだやめときな。もう少し大きくなってからな。こいつは結構あぶないシロモノなんだ。ケガするぜ?」
「え、そうなんだ……」
アオイは、グリーズの言葉をきちんと聞いていた。
けれど、どうしても魔法を使いたくてしょうがなかった。
*
アオイらは、レインズへと到着する。
大きな町で、一日や二日では見て回れないだろう。
「うわぁ、大きいなぁ。あ、グリーズ。少し見てきてもいい?」
「あー、いいけど、あんま遠くへ行くんじゃねぇぞ。オレはギルドに顔出してくるから……。ほら、あそこだ」
「うん、分かった」
アオイは、少女といっしょに歩いた。
町では見るものすべてが新しく、アオイはついキョロキョロとしてしまう。
グリーズの言う「楽しめ」を、少しだけ理解できたかもしれない。
「魔物を倒すと、コインが現れるのか……。そういえば、このコインはなんなんだろう。これも魔物なのかな?」
この世界に来た時に持っていたコインで、女性の絵がかかれている。
これもあのギアにはめれば、魔法が使えるのだろうか。
町の商店にも、いろいろなギアが置いてあった。
アオイがそれを見ていると、あやしい商人に話しかけられる。
「ダンナ、ダンナ。ずいぶんと変わったお召し物で……。どうです?こちら、気になるようでしたら、そのお召し物と交換、……ということで」