第1話 魔法のコイン
目を覚ました時、蒼の手にはそれがあった──────
手のひらに、すっぽりと入る『コイン』。
大きさは五百円玉くらい。
見たことのない絵がかいてある。
──────だれかの落とし物だろうか?
「コイン? ……え、あれ? ここ、なに……?」
しかし、それよりも、問題はここがどこかということ。
知らない森。そして、知らないコイン。
一体、自分の身に何が起こっているのか。
その時のアオイには、何も分からなかった。
*
アオイは、知らない森を見まわす。
少しはだ寒いが、あたりは明るく、朝か昼のようだ。
けれど、この場所にはまったく見覚えがない。
とりあえず、アオイは大きな声でさけんでみる。
「あの、だれか! ……だれかいませんかっ!」
しかし、声は少しこだまするだけで、深い森に消えていく。
アオイは、胸が少しだけゾワゾワと寒くなってしまう。
はっきり覚えているのは、小学校からの下校のときまで。
友達と何かをしていたがよく覚えていない。
アオイは少し考えて、まず持ち物をたしかめてみることにした。
「えっと、ランドセルは? ……あ! おサイフ! お兄ちゃんからもらった……、うそ……。何にもない……」
だが、何もない。
ランドセルだけでなく、ポケットの中もすべて。
家のカギや小銭入れ、ハンカチやティッシュすらも全部だ。
無くしてしまったなんて言ったら、お母さんはおこるだろう。
勉強のノートだって、最初からやり直しになってしまう。
それに、小銭入れは10歳の誕生日にプレゼントされたもの。
お兄ちゃんがバイト代で買ってくれた大事なものだった。
泣いたらダメだと分かっていても、なみだが出てくる。
アオイは土の上に座り、ひざをかかえて小さくなってしまう。
持っているのはただひとつ。
不思議な『コイン』。
数字や文字は書かれておらず、表と裏に同じ絵がかいてある。
コインにかかれた絵は、美しい大人の女性だ。
ただ不思議と人間ではないような気がした。
それをグッとにぎりしめた。
その時だ。
「こんにちわ」
「えっ⁉︎ ……あ、こ、こんにちわ……」
アオイは急に話しかけられ、びくんと身体を縮こませる。
声をかけてきたのは、知らない少女だった。
*
少女は、アオイと同じ年ごろだろうか。
長い髪がサラサラとそよ風にゆれている。
切れ長の目に細い身体の、とてもきれいな子だ。
「平気?」
「へ?」
「だって、泣いてるし」
「……な、泣いてない」
「ふぅん……、いいけど。これからどうするの?」
「これから……?」
急に現れた不思議な少女は、アオイに何度も質問をする。
アオイはどう答えてよいか困っていると、少女がぐいっと手を引いた。
「こっち。ねぇ、こっち来て」
「あ、ちょっと!」
アオイはなんだかよく分からないまま、少女に連れられていく。
だが、その先にあったのは、大きな動くかたまり。
「ごふーっ、ごふぅーっ」
大きく荒い息をはきながら、それがふり返る──────
とてつもなく大きい『イノシシ』。
四つ足で立っているが、その背中は大人よりも高い。
そして、大人の腕ほどもある、大きなキバが四本生えている。
真っ赤な目が、ギョロリとにらみつけてきた。
──────アオイはすぐに理解する、ありえない生物だと。
「……あ、ああ……」
あまりのことに声が出ない。
足がすくんでしまい、にげることもできない。
だが、少女はにっこりと笑った。
「だいじょうぶ、もうすぐ来るから」
「え?」
少女の言葉はよく分からない。
だが、こうしている間にもイノシシがつっこんでくる。
その体当たりをくらえば、大けがどころか死ぬかもしれない。
アオイは身体にぐっと力が入り、思わず目をつぶってしまう。
その時、森の間を何かが走ってきた。
そして、女性の声が聞こえた。
「『スリップ・ヴェール』……っ!」
ものすごい音がして、地面がゆれた。
おそるおそる目を開けると、知らない女性が立っている。
大人の女性で、物語の戦士のように身体がとても大きい。
革製の鎧を着て、手には大きな金属の板を持つ。
その板は剣のように見えるが、とにかく大きい。
なにせ女性の背たけほどもあるものだ。
その女性は、ちらりとアオイを見た。
「オイ、ガキンチョ。怪我ぁないか?」
「え? ……あ、はい、だいじょうぶです」
「なら、ちっと待ってな。すぐ、終わらせっからよ」
いつの間にか、イノシシはアオイの左後ろでひっくり返っていた。
おそらく、イノシシの体当たりをその剣で受け流したのだ。
どう考えても人間技ではない。
そして、彼女は本当にただの人間ではなかった。
彼女の額には小さな角が生えており、肌が赤みがかっている。
アオイの頭の中に、『赤鬼』という言葉がうかぶ。
「『ヘビィ・バイト』……っ!」
女性はつぶやきながら、大きな剣をふり回した。
どこからともなく水が現れ、剣にまとわりついていく。
女性の足元の地面がしずみ、ものすごい音をたてヒビが入った。
もしかすると、女性の剣はとんでもない重さになっているのかもしれない。
「……魔法……?」
アオイは、目の前の光景が信じられなかった。
それは、『魔法』という以外に説明しようがないのだ。
そして、女性は、イノシシの体当たりに剣を打ち下ろした。
剣は見事にイノシシの頭をとらえ、体当たりはつぶされてしまう。
そのままイノシシは地面にめり込んだ。
すると、パッと光がはじけ、イノシシは光と一緒に消失した。
そのあと、何か小さなものが落ちる。
──────それは一枚の『コイン』だった。