2,地縛霊が同居人となりました
202×年3月下旬、水野優12歳
優は今日も晩御飯になると座卓の前で待機している。お椀をもった少女がキッチンからリビングに来て優の前に置く。今日も豪勢な献立だ。
ほどなくして準備を終えた少女・愛川詩子が座卓前、優と対面する形で座る。初対面から幾分か成長し今は10歳くらいの見た目の大きさになった。
「いただきます」
「いただきます」
愛川からあいさつし、続くように優があいさつをする。この流れは習慣ついた。
この日の晩御飯のおかずはチンジャオロース、豚肉とタケノコとピーマンが色鮮やかにオイスターソースが効いた香ばしい香りが食欲をそそる。
赤いお椀には味噌汁、豆腐とワカメが主軸でアクセントに食べられる小魚が入っていた。だしの素がしっかり入っており、味噌の濃さも丁度いい。小魚が少し苦かったが味噌汁の塩分が補ってくれた。
ほうれん草のお浸し、上にはかつお節が乗ってあり、ほうれん草はしっかりシャキシャキと歯ごたえがある。
そしてご飯、白飯。優と同じ炊飯器で炊いたのにも関わらず、愛川が炊いた白飯はふっくらして瑞々しくつやがあった。何もかけなくても甘く凄く美味しい。
こうして今日も優はバランスのいい食事にありつけていた。愛川がいなければこのような栄養が取れお腹が満たされることは無かっただろう。
「チンジャオロース美味しいです」
優は笑顔で愛川に言う。こうして暖かいご飯が食べられる、お店でイートインしない限りなかった。自分の部屋で暖かいご飯が食べられることが幸せだった。
愛川詩子、地縛霊と自称するその女の子と一緒に住むことになった。
先日、叔父が再び現れ愛川と鉢合わせになったのだが、見えなかった。気づかれなかった。愛川は叔父の前で大きなジェスチャーを試すが反応せず、思い切ってポンと叔父を押そうとしてみたがすり抜けた。
やっぱり幽霊なのか、優はこのとき実感できるようになった。
その後愛川は叔父の前で携帯を取ってみた。愛川は物は持てる。しかし他人には見えない、どうなるのか気になった。結果は物を持つと消失した扱いになり、置くと物は見える。携帯を取ったときは叔父は、そのものを無くしたのかと探し出した。そして携帯を置く、そうすると叔父はなんで見つけられなかったのか不思議に思いながら携帯をしまった。
優には全て見えているので非常に不思議な光景だった。愛川がケータイを取ったとき、いたずらっ子のようにニヤニヤしながら、叔父の前でゆらゆら揺らしながら翳している様は少し可笑しかった。ただ笑うと怪しまれるので少し唇を噛みながら堪えた。
愛川は優の髪を引き続き吸収していた。といっても一日一本。成長期前の優で生えている毛は数少ない、髪だけが目立たずにできた。ただ一回に大量に抜いてしまえば当然大変なことになる、愛川もそれは望んでいないらしく、少しずつ成長する身体を楽しんでいるようだった。
何故毛、髪の毛なのか、愛川いわくトイレで用を足す際に抜けた髪の毛があったらしい。それが力を宿し愛川を召喚するような形になってしまった。「そういう家系なの?」と愛川から聞かれたがそのようなことを優は聞いたことがない。聞けないと言った方が正しいかもしれないが。
ともかくこうなってしまった以上、なるようになっていきましょうと一緒に暮らすことになった。優にとってプライベート時間に誰かと居るのは凄く久しぶりだった。
夕食を終え、二人で皿洗いをする。優はお皿の水拭き担当、丁寧にこなした。食器がお多いことにこの前叔父に不思議がられたが、面倒で朝昼一気に洗っていると噓を言った。
皿洗いが終わりリビング座卓に戻る。優は常々尋ねたかったことを訊く。
「愛川さんって本当は何歳ですか?」
「年齢?聞いちゃう?女性に聞くのはマナー違反よ~」
優は愛川にジト目で見つめられる。しかしどこかニマニマしたような表情だ。
「す、すいません!愛川さん、料理が上手くて掃除もテキパキとこなすので……それに早く元の身体に戻りたそうに見えたので……」
「しっかり見てるわね~。でも料理はそのスマホ?っていうので探してレシピをそのままやっているだけだし、掃除は優くんでもできるでしょう?」
「そ、それはそうなんですけど……」
「ごめんなさい、からかい過ぎました。優くんの言う通り今の姿よりも年上だけど……」
愛川は一呼吸置くなり先ほどよりもさらにニマニマを強め、
「本当の年齢は何歳でしょうか?」
「え?!」
優は目を見開く。
(こ、これはとんでもない質問がきてしまったぞ!学校で聞いたことがあるやつ……実際の年齢よりも高いと処されて、若すぎると嘲笑われるというやつ……!というか愛川さんの今の見た目は10歳!わからない!何一つわからないぞ!)
優は冷や汗を垂らしながら思考を巡らせる。愛川は表情はそのまま、
「時間かかってもいいよ~。当ててね~」
「は、はい!」
愛川の表情がより優にプレッシャーをかける。
(えっと……料理ができる……てことは大人、だよね?でも同級生でも料理上手い子はいた……家事もこなせる……でもこれもできる子いるよね……というかもしかして本当は大人になりたいって思っているだけで中学生とか高校生とか?学校でもそういうこと言っていた女の子いたし……もしくは年配の方?……だめだ!見た目からヒントがないからわからないよー!!)
優はあわあわしながら、ああでもないこうでもないと思考を巡らせながら体も動いていた。そして少しぐずりながら優は、
「す、すみません。わからないです……」
正直に答えた。当てて欲しいと思っている愛川には怒られるだろう、そう優は思ったが、
「正直だね。ありがとう」
愛川は優しく微笑みながら優の頭を撫でてきた。優はびっくりし、
「ありがとうって……どうして……?当てられなかったのに……?」
「さっき言った通り、正直だからよ。見ててちゃんと考えていてくれたし、いやらしい質問したのは分かってる。今の見た目からじゃわからないものね。だからどんな歳を言われても仕方ないなーって思ったけど、優くんは正直に答えてくれた。女は案外正直に言ってくれた方が嬉しいものよ?まあ、私だけかもしれないけど。だからありがとう、謝る必用はないわ」
そう愛川は諭しながら撫でる手を自分に戻し、姿勢を正した。
「私はね、実は26歳なの」
「26……」
優は正解を教えてもらったのにピンとこなかった。
「本当よ?まあ見た目がまだその時の姿じゃないからね、ポカーンとしてもしょうがないわ」
「そんなにポカーンとしていましたか?」
「ええ、そうなの?って顔に書いてあったわ」
愛川はまた微笑みながら優に話す。それも相まって優は気恥ずかしかった。
「今って2020年まで来たのよね。外の景色なんてだいぶ変わったわ……ビルとかさらに増えている気がするし……」
「そういえば愛川さん、スマホに慣れていませんでしたね」
「そうよスマホ!便利なPHSよね!炊飯器とかもそうだけど電化製品がすっごい進化してて驚きよ!」
「……ピーエイチエス?」
優は聞きなれない単語に首をかしげる。小学校で色々習ってきたが初めて聞く単語だった。
「そっか優くんわからないのか。てことは、ポケベルって分かる?」
「あ、なんか歴史の授業で出てきたかも……」
「歴史!?もう教科書に載るレベルなの?!」
愛川はひどく驚きながら、同時に少し涙ぐんでいるようだった。
「言葉からわかる通り、私ね90年代の女なのよ……」
「あー!母と父が幼稚園くらいの年ですね!」
「ぐはっ!」
愛川は効果音を口では言いながらオーバーにその場に倒れ込んだ。優はその光景を不思議そうに見つめた。
「そ、そうよね……年月とはこれほどまでに残酷なのね……」
「愛川さんは90年に26歳だったんですか?」
「正確に言うとちょっと違うけどだいたいその通りね」
「てことは今に置き換えると、50……」
「優くん!もうやめて!おねがいだからやめてー!」
愛川は起き上がり、優の服を少し乱暴に引っ張りながら泣きじゃくった。
優は笑った。愛川の今の見た目が相まってなんだか妹がいるような気分だった。そんな優に愛川は頬を膨らませ、
「もう、笑わないでよ~……」
「ごめんなさい、その……可愛くて」
「可愛くてって……随分久しぶりに言われた気がするわね……40年ぶりとかってことになるかな?ってなんで私は自分から墓穴を掘るの!」
今日の愛川はせわしなく動くなと、髪を自分でわしゃわしゃしている様子を見ながら優は思った。
「はぁ、はぁ……なんだか結局私が大ダメージを負った気分だわ……」
「そういっても幽霊だった期間は歳を取っていないし、今の状況も分からないんですよね?」
「今も結局幽霊だけどね。そうね、これが浦島太郎の気分ってやつよ……」
「約30年ですもんね……」
30年と優が言ったとき、愛川の身体がピクッとしたが悶えるようなことはもうしなかった。
愛川は髪と服を正しながら話を続ける。
「そうなのよね。だから優くんとスマホ?っていうのと後あれ……タブレット?っていうので調べてながら勉強することにするわ」
愛川は勉強机に空いてあるタブレットを指さす。叔父がひとりでは大変だろうとプレゼントしてくれたものだ。優にはスマホがあるのでタブレットは愛川に使ってもらうことにした。せっかくの便利なアイテム、使えるものは使っていく精神だ。
「ホントちょっとの間でこんなに進歩したのね~。テレビなんかすっごい薄いし!私が使っていたのはブラウン管っていうのなんだけど、優くん知ってる?」
「……ブラウンカン?」
「そうよね、オッケーだわ、ありがとう」
愛川はこめかみに手を当てながら言った。
愛川からは知らない単語がいっぱい出てくる、優にとってはそれが新鮮で興味が沸いた。
「愛川さんの時代のお話、その……もっと聞きたいです!」
「分かったわ。でも今日はもう寝る準備の時間だからまた明日ね」
時刻は夜の9時、これから歯を磨いてお風呂は別々で入って10時ころに就寝する。優はもっと話したいと眉を下げたが、明日の楽しみにすることにした。
少しずつ迫る新学期、中学校生活。それと暮らしの不安。優はその思いがつねに片隅にあり、明日が来て欲しくないと思っていたが、愛川との暮らしと今日の約束で初めて明日が来て欲しいと願った。
鴨鍋ねぎま:地縛霊の愛川詩子の出生、もちろん優くんもですが、じょじょにじょじょに明かしていこうと思います。それまでの少しの間は『何故』を楽しんでいただけたら嬉しいです。