あなたらしい映画を作ってください
「は~い、カットっ」
ここは映画の撮影現場。そして一つの映画がクランクアップしようとしている。
そして無事、撮影は終了し―
「平カントク!今回もワンカット、ワンカットへのこだわり、素晴らしかったです」
すると平は、
「いやぁ、監督なんて指示しているだけだし、それこそ、君の様な撮影班、美術班、役者の皆さん、脚本家のいいホン、照明、演出係、素晴らしい音楽をいつも提供してくれる音楽班、これらの一流のみんながいてくれているおかげで僕は映画を撮れる。監督はそれらのピースを一つにする〝方向性〟を出しているに過ぎない。君らには本当に感謝しているよ。」
「カントクは謙虚だなあ~、ますます惚れ直しました。」
「いや、ホントの事を言ったに過ぎない。監督っていうのは確かに映画の重要な鍵は握っているが、大事なのはアイデアを伝達するための脳内の記憶力であって、監督自体は何もできない人間なんだ。無能と言えば語弊があるかもしれないが、本当に無能なんだよ。特別なスキルは無い。」
撮影係の男性はそれでもきらきらして目で、
「でも、平カントクの映画には、特徴、と言うか、スタイルがあるじゃないですか。平グリーン、平カントクの作品には必ずといっていい程、グリーンの緑がかった画面が映し出される、代名詞といってもいいほどのスタイルがある!だから海外の反応も良いし、映画評論家にもウケが良いんですよ。作家性、っていうんですかね、こういうのは…。そして、僕も一ファンのひとりです。」
平は困り顔で―
「別に意図して緑がかった画面を作り出そうとはしてないんだが、結果、自分のイメージを具現化しようとしていると、そうなる。狙ってやっているわけではないんだよ。まぁ、海外とか日本の映画祭でそこをピックアップして褒めてくれるのは悪い気はしないが、一人の映画監督として、最新作が最高傑作だと思って常に作っているし、毎回毎回、違う映画を撮ろうとはしている。だが、最近作家になりかけている自分を感じて、そこから脱皮しようとはもがいてはいるかな?芸術家なんて懲り懲りだ!海外で賞を取る専門の…」
撮影係はよく理解できない様子で、そうですか、とだけ言ってその場を去っていった。
そして、この時撮った映画『絶望に死す』が公開。平作品のいつものパターンで興行はダメダメ。評論家の評価だけがうなぎ上りしていた。まぁ、いつものパターンだ。
そして、平はクランクアップの時、撮影係と話していた内容を思い出した。
―海外で賞を取る専門の興行が着いてこない芸術監督からの脱却、か…―
そして、映画の公開も終わり、自称映画通等にネットで賛辞を受けながら、海外の映画祭で賞もいくつか受賞。そして、マニアによって作品のブルーレイ、DVDがペイされ、最終的に損はせずに済んだ。これもいつものことだ。
そんな時、有名な大手配給会社の重役から、こんな電話があった――
「あなたの作品は、どれも素晴らしい!ファンタスティックだ!そこで相談なんだが、我が社が大金をはたいて君の映画に投資する、というのはどうだ?今まで君は自社プロダクションで低予算の芸術映画ばかり撮っていたが、一度、大船に乗ったつもりで予算たっぷりで、君らしい映画を作ってくれないか?宣伝も大々的にする!君の事だ、きっと素晴らしい映画を作ってくれるはずだ!興行が当たるに越したことはないが、君の作風だ。おそらく、…失礼じゃが大当たりはせんじゃろう…。だが君の映画はソフト化でペイできるからな。そこは期待していないといったら嘘になるが…。どうじゃ?どうか、君らしい、あなたらしい映画を撮ってくれないか?条件は十分じゃろう?ワシは平君の映画がだいすきなんじゃっ
!」
「残念ですが、お断りします。」
重役は受話器越しに、目を真っ赤にして混乱していた。君の自由に撮っていい、予算も出す、興行が振るわなくてもいい、君らしい映画を撮ってくれ、自分の言葉に何かぬかりがあっただろうか?
「なぜじゃ?断る理由が無いじゃろう?」
「その、〝君らしい映画〟を撮ってくれ、っていうのが僕には無理です。映画なんてこれが自分の作風だ!と確信する程あぶないことはないと思っているからです。僕は、自分の作品が過去の自分の作品のコピーにだけにはならないようにと、そこだけは気を付けています。」
重役は驚きで言葉を失っていた―
「自分の作風は「こうである」と決めた段階で、映画監督としては負けだと思っています。「自分の作家性はこうだから、こういう風に撮る」っていうのは順番が逆だと感じます。何も考えないで撮った結果、そこに映っているものが、自分の「作風」です。つまり、『やったことが本質になる』だけなんですよ。そこを
勘違いしちゃいけない。だから、あなたの『君らしい映画を撮ってくれ』というのが一番困るんですよ。作家性なんてどんなに適当に撮ろうが、後からついてくるんです。ご理解頂けました?」
「ああ、なんとなく。じゃあ、君はこれからも、低予算の映画を細々と作っていくのだね?」
平は迷わず、
「はいッ」
その後、生涯にわたって平は映画を撮り続けたが、興行が大当たりすることはとうとうなかった。
しかし、平は幸せだった。
―完―